108.曇天の闘諍六 - 今際の一
そうして、ざじりと、
それが仮に右構えの剣筋であるならば二歩の手間があっただろう。
しかし、左構えから刀を放つのは体を入れ替えるだけの一歩で終わる。
来る――
来る――――
来る――――――
彼女の腕が刀を抜き去るまでの、ほんの僅かな一瞬の中で、
こんなはずではなかった――
こんなはずでは――
情けなく顔歪ませた
否。消えたかように動いた。
「
次の瞬間には、
微かな間を置いて、途端、
「
真っ赤な血の
* * *
二十二
男にとって刀とは自らの意思を押し通すための道具であった。
親の言うことだけは
ただ、
望まぬ女と一緒に成れだなどと、人生を決めるようなことを己に対して命令をしてくるのが、親であろうとも許すことはできなかった。あまつさえ、親達は、女を
そんなもの、冗談ではなかった。
到底承諾の出来ることではなかった。
そのまま行けば、自分の親と見知らぬ女の親と、親が二つとなる。つまりは実家と妻の家との両方に頭を下げることになり、それを
だからこそ、祝言の日に家を出てしまおうと決心した。
恐らくそれで家は散々に困るだろうが、それまで親や一族と言う生まれ持った関係性だけで自分に散々と言うことを聞かせてきた者達など、それで破滅してしまえば良い。実際、そこまではならぬだろうが、そうなっても自分としては嬉しいくらいの気持ちであったことは確かだ。
ただ、それでも女房となるはずだった女に罪はなかった。
そいつも自分の意思など関係なく、親に
だから殺してやった。生き恥など味合わぬように、せめてもの情けで殺してやった。
そう言えば、その時の女は斬られたというのに、何故だか嬉しそうな顔をしていた。
何ともさっぱりとしていて、妙に綺麗な笑顔だったのを覚えている。
当時は意にそぐわぬ人生から解放されたからだろうなどと
腹を斬られて、地面に向かって仰向けに倒れ込んだ
雑草すらもまばらにしか生えていない荒れくった丘であるせいか遮るものも殆どなくって、それが故に幾分と強く吹いてくる風が、寝転ぶ
そうなって気が付いてみると、
それは今までに無いほど妙に晴れ渡った心もちで、何もかもが
「俺は……俺は死ぬのか?」
ぽつりと
首だけを動かして、顔を持ち上げると、傍らに居る
「
疲れ切ったと言う身振りをして、呆れた口調で言った
「そうか。死ぬのか。」
何故だか、それが嬉しいことかのように、
あの時の女も、こんな心持ちであったのだろうかと、
「ああ……死ぬというのは、存外にさっぱりとして心地よいものだな。」
「そうでございますか。私は死んだことがございませんので、なんとも言えやしませんがね。」
あまりにも嫌そうな顔をして言うものだから、
「そう嫌そうな顔をするな。良いぞ。あんたも死んでみると良い。」
「ええ、いつかそのうち死にますよ。」
呆れた口調で言って、はあっと
「なんとも
「そりゃあ、ね。
「貴方様が
「そうかもしれんな。」
肩を揺らしながらも、笑うことのできない
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