106.曇天の闘諍四
それは、しばらくもしない内に
後ろへと
「いやはや……。」
口を開くとそれだけで腹筋がつられて動いてしまい、傷口が開いて
「全く」と小さく呟いて、
「これはまた、なんともまあ……無様なものです。」
多少軽口めきながらも、腹を抑えてそう口にした
そうして
「無様なんてことはないさ。これだけの人を斬ったんだ、大したもんだろうよ。まあ、それもここで
にいいっと随分と口角を大きく上げた
「いやはや、まったく……困ったものです。自分の腕の
「強がらんほうが良い。そんなではまともに戦えんだろうし、もはやあんたの剣筋じゃ俺には届かん。」
「そこですよ。あの程度で、そう思われてるのが、なんとも困ったものです。」
苦み走った顔で
一瞬、
そんな紙きれ一枚で何をするのかと
その仕草を見た拍子に、
そうして彼女は再びにその刀を
「さて、続きと行きましょうか。」
「なんだ?まさか今までのは刀が悪かったから斬られたんだとでもいうつもりか?」
「まさかまさか、そんな。ただ、貴方様なら何をしようというのか、直ぐに分かりますよ。」
どこか意味ありげなことを言って、
何かがおかしかった。
その違和感は明確なものではなく、ただ
周囲には何もない。
人影もなければ、誰かが近づいてくる気配もない。
鼻をくんと鳴らせるが妙な匂いがするでもなく、音に耳を
なんだ、なにがおかしい――
欠片ほどに、そう思考が奪われた瞬間、
「くそっ!」
違和感に意識をとられて、思わずも反応が遅れてしまった
と、そこで再び目にしたものに
「なんっ……!」
「な、なんだぁ……?」
反らした体の姿勢を取り戻し、そのまま
やはりそこには何か妙な違和感があった。
一瞥に何の変哲も無いように見えて、ただ確かに何かが奇怪であり異質であった。
先ほどの立ち筋は何も蛇のようにうねっていたと言うわけでもなければ、空間が歪んで見えたと言うわけでもなかった。刀の構えられた場所から、弧を描いて振られただけであるはずだった。ただ、それでも今までに体感したことのない太刀筋と感じられてしまった。
それが何か判然とせずに、
眼前では刀を
右足を前に出して――
そこで、はたと
普通、刀を握り、相手に向かって構えれば左足を前にして、残した右足を軸とすべきものであった、それが目の前の女は体の右半身をむしろ前にしている。そうしてよくよく見てみれば、刀の握りも全くの逆であり、左手の指が柄の上部を握り、右手の指が柄の下方へと添えられている。
それは常人の握りとは正反対の構えであった。
「あんた、まさか
右手よりも左の方が力が強く器用な人間が居る。そう言うものを
尋常であれば、左が器用であっても、刀を覚える時に右の使いに直されるものである。それは左脇に刀を差さねばならぬという規則があるのであるから、右で扱えるようになっておかねば刀を抜くのにすらもたついて後れを取るからであったが、そうでなくても飯を食うにしても、道具を扱うにしても礼節からして右手を主手として扱えるようにならねば、一生の恥であったからだ。
だからこそ、刀を真逆に構える人間など、ほぼ居るものではなかった。
途端と冷や汗を流し初めていた
「おやおや、お気づきになられましたか。流石流石、お目がよろしいことです。ですが、私が
惚けたことを言う
それは
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