103.荒びた古刹十四 - 曇天の闘諍一
「ぐうう……。」
それは最後の意気地であったか、男はかくかくと足を振るわせながらも立ち上がると、目からぼろぼろと涙を流しながら腕を振り上げた。それは、無理やりに殺されるのならばともかくとして、自ら死に向かって行くというのが怖くて仕方がなかったからだった。
「うあああああ!!」
恐怖を振り払うかのごとく男が一度大きく吼えた。
それでも頬には涙が
男が思い切りに刀を振ると、その切っ先が
あと指一本分。
そこまで刀の先が迫った所で、このままならば斬れるか、と、男は
ただ、その切っ先は
「なっ!?」
戸惑いの声を上げた瞬間に、その理由を男は悟った。
その時すでに、男の体は真っ二つに横薙ぎに切断されていた。
「あっ……。」
男の視界は体が投げられた時と同様に、再び天地を回転させると、今度はそこでぷつりと男の意識は途切れてしまっていた。手に握っていたはずの刀は、腕を振るった勢いで、虚空へと飛んでいき、男の上半身はくるくると回転しながら地面へと落ちた。
それを
「これで十六……。逃げたのを合わせれば十と七でございますか。さすがに疲れましたねえ……。」
すうっと大きく息を吸い込むと、もう一度
ふっと、
全員を斬り終わったと言う
その音に気が付いて
すると、堂の縁側と言うべきか、
それは酷く狭い
* * *
二十一
「いやあ、よくもよくも斬るもんだねえ。こちら側全滅じゃないか。」
手を叩きながら、どうにも間延びした調子で
その余りにも
「なんですか。なんとも
「あんなやつら、仲間でも何でもないさ。」
手を叩くのを止めると、
「そもそもに俺一人だけで充分だってのに、こんな弱い奴らをわらわらと寄越してきて邪魔でしかなかったさ。こんなに人が居たんじゃさ、成功したって俺の活躍が
そこいらに転がっている死体を一瞥しながら嘲るようにへらへらと笑って言う陣伍に対して、
「そもそも仲間ではないから、先ほどまでも彼らと一緒に襲ってこなかったと、そう言うことですか?」
「それもあるがねえ……。なにより、あんた強いだろう?堂の中に乗り込んできた時に
「さあて……。」
「ちっとばかし手ごわそう。万一もないが、もしかしたら俺より強いかもしれないって感じまったからね。だから弱ってもらおうと思ってな。俺が手を下す前に、もっと手傷を負ってくれたところで。俺が斬りかかれれば
ふんっと鼻を鳴らして、死体となった男達の姿を見回して
「糞の役にも立たなかったな。」
そんな
「それは、なんともまあ、小賢しいことで。」
「そらぁな、小賢しかろうて。」
ぽつりと言った
「俺はなあ、誰よりも強くありたいなんてわけじゃないんだよ。強くあれたらそれはそれでいいがね。それよりも人が斬りたいだけなんだ。斬れるんなら何でもするさ。小賢しかろうと何だろうと。見たところ、あんたもその部類だと推測するんだが……。どうだい?」
「斬るためになら何でもすると言うのは、理解しないでもありませんがね。」
なるほどに言葉にしてみれば確かに
「貴方様と、私では
「ほう?何が違う?」
「私はただ斬りたいだけなのですよ。私が貴方様でしたら、今ここに転がってる男の方たちを、もうとっくに寺の中で斬っております。」
さぱりと
それは言ってしまえば手段の違いであり、確かに
「それに、私は斬る手段においては、多少の
言いながら
「俺も無節操なわけじゃないさ。」
と、妙に顔をにやつかせていた。
さわさわと荒れ地に生えた細長い葉が僅かに擦れる音がして、すぐに二人の間を風が一つ吹き付けるや、くるりと砂塵が舞ってまるで周囲の惨状を気にも留めぬように通り抜けていった。その流れる空気に伝って、血の生臭さと同時に臓物から湧き出す糞尿の匂いが漂ってきていたが、二人は意にも介さいようであった。
荒れくった地面の上で二人は互いに足を斜めに滑らせ、
ざらりと音がして、不意に二人の動きが止まる。
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