102.荒びた古刹十三
「かひゅっ……!!」
呆然としたままに浮かされて、受け身も取れずに地面へと投げつけられた男は、背中を襲った衝撃に一瞬呼吸が止まらせて、腹へと向かって曲がっていた体をやにわに
それは柔術の技法であった。
男が腕を振り下ろさんとしていた力を、そのまま投げる力と変えて、五尺はある
全身を打ち付けた痛みから、地面の上で転がり刀を手放してもんどりを打った男は、歯を食いしばりながら地面の上を悶えて一つ体を転がした。
うつ伏せへとなったところで、男は打ちつけられた背中に、更に一つの痛みを感じて顔上げる。ぎしりと体へと重さを感じて、首だけで何とか視線を背中に向けた男は、自らの背中に、
「ぐぅ……。」
背の真ん中を膝で押し込まれ、体の上から
僅かでも動けば、一層に肉と骨とに膝頭が食い込んでいき、痛みが走るために、男は微動だにもできず唸り声を上げる。
その一方で背中の上で
「ちょいとぉ、貴方様に聞きとうことがありますのですが。」
今さっきまでの殺伐とした雰囲気からはかけ離れた、ひどく間延びのした声であった。
「だ、誰がお前なんぞに……。」
男が言いかけた刹那、くっと
ごりっと音がして、膝頭が男の背骨を擦るように動く。
その瞬間、男の体に耐えがたい痛みが走った。
「がぁぁぁぁっ!?」
すっと膝頭を戻すと、それで痛みが去ったのか、途端に男は叫び声を途絶えさせると、体を揺らしながら荒く浅く呼吸をしてくっと唾液を飲み込んで、震えるように大きく息を吐いていた。
それを見て取って、
「貴方様に聞きたいことがあるのですが。」
先ほどよりは、少しばかり強めに行ったその言葉に、男は最早
「何だ……?一体何が聞きたいって言うんだ……。」
「いえね。貴方様方は、この尾張の家老である、成瀬を襲おうと計画していらしたんですよね?」
そう問われて、男は僅かに息を飲んだ後、気まずい顔を見せながらも、しばらくして
「そうだ……、俺達は家老を狙おうとあの寺で機を
「いえ、なにねえ。一応の確認と言うやつでして。そう言えば、何も問わぬままに殆ど斬ってしまったものですから。」
地面にうつ伏せながら男は
そんな男の様子も気にせずに、
「まあ、合っているのでございましたら、
言いながら、
体を押さえつけていた膝頭が浮いて、男は自分に乗りかかってくる重さが軽くなったのを感じ、思わずきょとんとして顔を振り返らせた。視線の先では
ほんの僅か前まで、このまま押さえつけられままに殺されるのだろうと覚悟していたのが、急に解放されて男は戸惑ったままに
もしや、このまま逃してくれるのだろうか、多少なりに淡い期待を感じた瞬間、
「おわっ。」
刃先を避けて男は慌てながらも、思わずもその刀の
はしりと刀の
「受け取りましたね?」
「え?あ……?なんだ?」
「受け取りましたなら、先ほどの続きを致しましょうか。」
「はぁ?」
「む?分かりませぬか?もう一度斬り合いをいたしましょうと言っているのです。」
「なっ……俺はもう……。」
「なんで……、そんなことを。斬りたいならさっき組伏せているところで殺せば良かったじゃないか。」
「折角ですから、ねえ。私は斬り合いと言うものがしたいのですよ。」
それは
「いや……俺はっ……。」
諦めている、そう言う心積もりであった。
男からすれば、殺されるなら最早さぱりと斬ってもらってしまいたかったし、生きられるならば逃れさせてもらいたかった。
「今から逃げたって、仮に諦めたって、どちらにしろ、貴方様はお死にになられるのですよ。どうせならば刀をもって九死に一生を得るつもりであがいてみれば良いじゃないですか。」
ひらひらと手を翻してみせながら、
確かにそれは道理だろう。一理はある。言っていることはその通りであろうと男にも思える。
ただ、それが殺そうとして来ている人間の言うことでなければであった。
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