101.荒びた古刹十二

 そこに残っていたのは二人の男でった。一人は流麗りゅうれいで冷たさを感じるほどに細い眼先をした男であった、少年と言っても良いほどに背が低く、どうにも異様なほどに顔が整っているのが印象的であった。一方でもう一人の男は取り立てた美醜を持つ男ではなく、ただ身体が頑丈そうであり、拳頭けんとうに見えるけんだこは彼が刀だけでなく、組内や当身などに力を入れているのだろうと感じさせるに充分であった。


 しかし、とふとふでは思い出す。

 目の前に居るのは二人の男だったが、これでは数が合わぬ。戦った数と殺した数と残っている数とを勘案して数が足りぬ。


「はて……あと一人居たような。」

 そう、たしか小刀を投げ差して、太ももと眼球に突き立てた男が居たはずであり、その倒れていたはずの場所へと目を向けてみると、いつの間にかその男がいなくなっていることに気が付いた。


 視線を巡らせてれば、今、ふでの目の柄で刀を構えている二人の男の、その後ろ、街の方へと這う這うの体で逃げようとしている男の後ろ姿が目に映った。

 太ももに小刀が刺さっているがために、よろよろと無様に足を引き、痛みで真っ直ぐにもできない腕を何とか振って、ひいひいと情けの無い声を上げながらも、必死の形相で逃げ切らんとただただ遮二無二しゃにむにに走っているようであった。


 一瞬、追いかけるかという考えがふでの頭によぎったが、既に相手との距離は五間ごけんほどもあり、更にその行く手には二人の男が立ちはだかっている事を考えると、流石にこの状況から追うのには厳しく、むしろ手前に居る残り二人を確実に仕留めるべきかと、彼女は直ぐに思考を改めさせていく。


 残るは二人。

 僅か二人であった。


 無論、ここに姿の見えない唐傘からかさ陣伍じんごが残っているだろうが、先の男と同じように逃げているやも知れず、少なくとも確実に残っているのは手前に見えるたった二人だけであった。囲まれている時には、呆れるほどの数とも感じられたが、とどのつまりにこうなってしまうと、最早物足りないとすら思えてきてしまってくる。

 どこかわびしくなる心持でふでが残った男達に視線を向けると、どこか気圧されたように二人の男は息を飲んでいた。


 刀を右手一本で携えてふではその刀をゆるりと地面へと向け下ろすと、その自然体のままに二人のうち、より近くにいる男へと向かって歩み寄っていく。


「うぅ……。」


 小さく男達が唸った。そうして一瞬、僅かばかりに後ずさりをしながら、それでも男達は覚悟を決めたのか、身を前傾に屈ませて刀を構え直していく。そうしてくれるのは、ふでにとっても都合がよかった。それはただ、逃げるのを斬ったり、ただ狼狽ろうばいされたままに斬るよりは、覚悟の上で斬りかかってくる輩と闘う方が余程に楽しいからという、単純な彼女の趣味嗜好であった。


 ゆるりと表情を緩めながら、ふでは刀の届く今一歩の所まで歩み寄る。しかし、そこではたりと足を止めた。

 刀を下ろしたままに、じいっと彼女は男の顔を見つめていく。それは相手の意思が整うまで待っているかのようで、男を見るふでの顔には何とも楽しみ気な表情が浮かび上がっていた。


 男が何度か浅く呼吸を繰り返し、最後に僅かにこくりと喉をならして、そうして目筋を細くさせながらも強く刀を握り直したことに、ふでは首を一つ頷かせる。そうして、ようやく相手の刀が届く今一歩を踏み出した。


 その瞬間、やにわに男が足を踏み込ませるや、空を裂く勢いで鋭く袈裟けさ掛けに刀を斬り下ろしてきた。


 それを咄嗟にふでは右手を振り上げて刀のつかで受け止めた。鮫肌さめはだで作られたつかの一部が欠けて、弾け飛ぶが、その相手の振り切った隙を見計らい、ふではくるりと体を開くと、残っていた左手で、男の顔へと強かに拳を叩き込む。


「へぶっ!?」

 丁度、右の頬へと拳がぶつかって、男の口から前歯が何本か飛び出していた。唇は歯へとぶつかった勢いで四方に小さく裂けて、細かな血が噴き出すと、零れ落ちた前歯も僅かに血を滴らせて、地面に転がっていく。そのままふでは刀を握っていた右の掌を一瞬開き男の頭へと手を伸ばすと、髪を掴みこんでそのまま万力を籠めるや、ぐっと下へと向かって引っ張り込んだ。


 無理やりに屈みこませた頭へと向かってふでは膝を跳ね上がらせると、その膝頭が男の顔面へと思い切りに衝突して、骨の砕け肉の潰れる音が周囲へと響く。


「がふっ…………。」

 男の鼻はへしゃげ、ぬちょりと血の混じった体液をふでの膝に纏わりつかせながら顔が離れていくと、口からぼろぼろと歯の欠片が零れ落ちていく。一瞬にして、眼球をくるくると回した男は、体をふらふらと揺らがせながら膝から地面へと崩れ落ちる。へたりと尻まで座り込んで、後ろへと倒れそうになっていく頭を、さぱりとふでの刀が斬り落としていた。


 薄皮一枚を残して切り取られた男の頭は背中へと向かって零れていき、僅かに残った皮へと引っ張られて一瞬だけ宙で上下したが、それもすぐにぷつり裂けてしまい地面の上へと転がり落ちていった。


「十五。」

 切り取られた男の首の動脈から、心臓の圧力を受けて吹き出した血が、こまやかなきりとなっていき、風にあおられて舞い散る飛沫しぶきふでへと降りかかっていく。全身に鮮血を受けながら、ふでは僅かに目を細めていた。


 そうして残った一人へと顔を差し向ける。

 最後となったその男はわなわなと震えながらも、気丈にも刀を八相へと構えて、じりっと地面を鳴らし一歩ばかりふでへと足を踏み込ませた。


 それを見て取って、にまりとふでは顔を微笑ませると、振り子の如くに大きく体を揺らしながら、ふらりとした調子でこちらも相手へと向かって近づいていく。

 すうっと体を潜りこませるようにして、男の手の届く範囲へと入りこむと、ふではまるで赤子のように無邪気な笑みを浮かべる。



「!?」


 その瞬間、男は咄嗟に握っていた刀を頭に撃ち込ませようと手首を返した。刀の切っ先が消え去り、風を斬るよりも早く刀身が振られようとしたその刹那、男の腕ががしりとふでの掌に捕まえられる。腕の向こう側から覗くふでの視線は、ゆるいはずの目端が酷く鋭く見えて、その一方で、どうにも口角が上がり楽しそうに見えた。



「くそっ……てめえ……。」


 無理やりに腕を振り抜こうと男が力を籠めようとした途端、掌との重なった部分にみしりと筋肉のきしむ音が鳴った。しかし、不意と男は自らの体勢が傾くのを感じて、咄嗟に足を踏みなおそうとした刹那、その体がふわりと宙に浮いていた。



「おうっ!?」


 気が付いた時には男の視界の中では天地が逆転し、足元に薄暗い雲を満たした曇天が、そうして視界の上は荒れくった色素の薄い大地に覆い尽くされていた。



 男の体を、ふでがいつの間にか投げ飛ばしていた。


 自らの体を捩じるようにして相手を引っ張り込むと、そのままふでは男の体を思い切りに地面へと向かって振り下ろした。


 四肢が落ちる体の勢いについていけず、宙へと投げ出された次の瞬間には、低く重い音を響かせて、乾いて荒れ食った地面の上へと男の背中が叩きつけられた。

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