100.荒びた古刹十一

「十三。」

 言いながらふでは、男を切った勢いのままに、更に近くへと居たもう一人の男へと斬りかかっていく。

 そこでようやく敵達が動きに追いついたのか、隙だらけで手ごろな体へと向かって滑りながら向かっていたふでの刀の軌跡を邪魔するように、相手の刀が現れる。


ガチンッ――!!

 と、互いの刀が衝突した鈍い音が響いて、ふでとその刀を持った男との距離が一気に近づいた。しのぎが擦れあって微かな火花が散ると、二本の刀が交差してぎりぎりと鈍い音が鳴り響く。

 くっと、ふでが刀を押し込むと、それだけで何とも容易に相手の刀は押し込まれ、そうして相手の体へとふでの刀の切っ先が迫っていく。


「反応は良うございましたが……。」

 どこか切なげに言いかけてふでは一つ息を切ると、ふっと口元を緩めて言葉をつづける。


「何とも力が足りませんねえ。」

 そう言ってふでは更に力を籠める。


「オッオオオオオオオ~~~~~~~っっっっ!!!?」

 男が恐怖の声を震え上げていく中で、ぐいぐいとその刀は押し込まれていった。先ほど斬りつけられて僅かに開いた服の裾の裂け目から覗く彼女の腕は、筋肉を隆起させ一層に太くなっていく一方で、男の腕はぷるぷると震えて頼りなくそのまま刀を押し込まれ続けていく。


「ほんに力が足りませぬねえ。女の私より。」

 最後の一言に、より強く力を籠めて告げたふでは、そのまま刀を押し込んで、刃先を男の顔面へと近づけていく。


「ぐ、ぐぅぅぅ~~~~~……や、やめ……。」


 自らの刀のつかと刀身の先端とを、両の手で抑えながら、何とも苦しそうに何とも口惜しそうに、苦み走った表情で男が唸っていた。そんな男の表情を一切にも介せずに、ふではさらりとすました顔で一層に力をめていく。ふでの刀が男の顔へと触れて、僅かに肌を切り裂き、その皮膚から鮮やかな血の塊がにじみ出した。その刹那。不意に、ふでは後ろから気配がするの気が付いて、微かに顔を振り返らせて視線を向けると、そこに他の男が近づいてきているのが見えた。


 即座にふでは懐へと手を突っ込むと、直ぐ様に腕を抜き出して、素早く上に一度、下にもう一度、虚空を殴るかのごとくに素早く腕を二度振るっていた。

 その指先からは、黒く細いつばもないような掌に収まるほどの小刀が滑り跳び、後ろに迫ってきていた男の一人の、その太ももに一つ、そして顔面の右のその眼球へともう一つが勢い良く突き刺さっていた。


「ぐぅっ!ぎゃうっ!?があがあああぁ!!!?」

 一つ目の叫び声は太ももに刺された熱さと直ぐに駆けのぼってくる痛みを感じて、二つ目は痛みと共に、視界が黒く滲んだことに対する恐怖を感じ、そして更にすぐ後に堪えきれない喪失感と恐怖が襲ってきた困惑によって、三つ目はそれらの複合した酷く混乱した叫び声が混じり合ったことのよって、喉から溢れだしていた。


 そんな男の惨状と、苦しむ声に気圧されて、駆け寄ろうとしていた他の男達もぴたりと足を止めてしまった。足を止めてしまえばお終いであった、機を図ることで意気地を振るいだして、だからこそに一緒に襲い掛かったはずが、立ち止まってしまえば、もはやそれまでの勢いも、そんな意気地すらも消え去って、こくりと喉を鳴らしながら、目の前で起こることをただ見つめるしかなくなってしまう。


 そんなどこか男達覚悟の薄まった雰囲気を感じて、片手ながらに、ふでは再び鎬を削り合って居た刀へとぐっと強くより一層に力を籠めていく。


「さあ、これで貴方様はもう助かりませんよ。」


 どこかいやらしく、そしてどこか期待しているとでも感じさせる口調で言って、ふでは口角を大きく持ち上げると、これが最後とでもいうように一際に大きく力を籠めて、刀を本当に本質的な意味で「思い切り」に押し込んでいった。平衡の取れたしのぎの摩擦で僅かに留まっていたふでの刀は一気に、刀身の傍らを滑っていき、男の刀のつばへとカチンと軽い音を立てて衝突した。


 その軽い音は、つばにぶつかる瞬間にはふでが僅かに力を抜いたことを意味していた。ただそれも憐憫れんびんや手を抜いたと言うわけではない。これからすることを、目の前の男にわざわざと見せつけるためにやったと言って良い。


 本来、つばと言うのは、つかを握っている手が上滑りして、刃先へと触れぬための防御柵のようなものであり、安全装置と言って良い。そしてまた、つば迫り合いとなった時、迫りくる刀を防ぐ最後の防御となる壁と言っても良い。普通に触れただけならば、そこでまた間が生まれ、逃げ出す猶予もあると言う者だった。


 そのつばに、ふでの刀の切っ先が触れた。

 その次の瞬間、男の刀のつかは、ぐにゃりと見事に、まるで鉛を押し込んだかのように曲がり、なんともいとも容易くふでの刀は捻じ込んでいく。


「っ!!!???」


 目に前で起こっていることが信じられずに男は目を見開く、目を見開いてすわこれは現実かと疑ってしまう。ただ、その瞬間に男が考えるべきは、本当は刀を握る手を払って放り捨てることだった。男が呆然としている間に、ふでつばと言う防備をなくしたつかへと向かい、するりと刀身を滑らせていた。

 結果として、男の指先は、ぽとりと骨をむき出しにして、その人差し指から薬指までの三本をあっと言う間もなく、宙へと零し終えていた。


「はっ!?ああっ!!うあぁあぁぁっっっ~~~~~っっ!!!!」

 ぽとりと、細く、そしてけんだこの幾つも膨れ上がった男の指先が、三本とも呆気なく地面におちてしまい、男は目を見開きながら定まらぬ焦点で掌を見つめる。そこにはあきらかに、小指と親指以外をなくした、奇妙な、少なくとも男にとっては全くをもって奇妙な光景が移っていて。男は何も言えずにおどおどと困惑していた。


ほうける心持は分かりますがね。そうしていると、指より、貴方様の命がなくなりますよ。」


 呆然ぼうぜんとする男の肩口にふでの刀が添えられると、そのまま勢いも突けづに、ただ力のままにふでの刀は鎖骨をへし折った。「ぐぅっ!」と男がうなったのも一瞬、反応しようとしたのも刹那の間際、そんな小さな感覚の間に、ふではただ力任せに、男の体のより一層に体幹の中心となる位置へと向かって、力任せに刀身をめり込ませていった。


 みしみしみしと、刀が身を切っているというには全く似つかわしくない音を立てて、刀身が男の体の胸のあたりまで押し切った所で、ようやく男の口から泡が噴き出てしまい、びくんっと痙攣けいれんした。それは痛みと出血による突然死であり失血死であった。刃先を滑らせず、ただただ押し付けて切ると言う所業は、肉を引きつぶしながら断っていくようなものであり、その痛みは断面図が綺麗な切り傷とは全く異なっていて、それは何とも異質でつちで潰されのにすら似ていた。細胞をぐちゃぐちゃに潰すその傷跡をつけられた彼は、で恐らくは、この斬り合いの中で最も痛みを与えられ、恐怖を味わっただろう男となることだろう。


 にちゃりと刀を引き抜くのには全くそぐわない音をたててふでが刀を引き抜くと、そこでようやく身体の平衡を失ったのか、男の体はどうっと地面に音を立てて倒れ込んでいった。


「ようやくようやく、これで十と四……ですか。」


 斬れば斬るほど楽しいと自覚しているふででも、ここまでくると飽きてしまう心持となってしまい、多少と辟易し始めながら、それでもふでは残った男達へと顔を振り返らせる。

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