99.荒びた古刹十

 しのぎを重ね合った刀はぎりぃっと鈍い音を立てると、鋭い光沢を湛えて煌めく刀身が男へと向かって押し込まれていく。

 徐々に徐々にと首筋へと近づいてくるのを感じて男は一層に表情を歪めた。

 しかし、その鍔迫り合いとなったことが僅かに二人の動きが止まり、その瞬間を、機と取ったか隙と取ったか、取り囲んでいた男達が無遠慮に足を近づけていく。

 彼らの足先がじりっと地面の砂が擦れる音でふでは、それを即座に察していた。


「っ……。」

 僅かにふでは唇を噛んだ。


 このまま押し込めれば眼前の男の首筋は掻っ切れるだろうが、そのうちに後ろから斬りこまれる方が速いだろう。咄嗟に、ふではそのまま目の前に迫った男に向かって倒れ込むようにして、その右足に自らの足を絡めこませた。


「あっ!」

 男が声を上げた時には、もはや二人の体は平衡を失い、互いに絡み合うようにして倒れ込んでいた。


 土埃を舞わせて地面の上を転がりながらも、ふでは刀を離さぬようにぎゅっと握りしめて、そのまま体を回るに任せて足を振るう。一層に回転の勢いをつけたふでは、地面へと足を叩きつけると、思い切りに土を踏みしめてその反動で無理やりに膝をつきながら体を起き上がらせた。


 それで間合いを外したつもりではあったが、体を起こしたふでの視界には、直ぐ様に男達の一人が跳びかかって来るのが映った。

 咄嗟にふでは垂れたそでを腕にまとわせると、それで頭上を守るように刀の軌跡をさえぎる。


「そんなものでっ!」

 男はあなどったように叫んだ。


 服の裾を重ねただけ、当然、それだけで刀を防ぐことなど本来はできない。そのまま布ごとに腕を斬られるのが本来の結末という所だろう。ただ、ふでの来ている服は違った。

 ふでの腕に向かって男の刀が勢いよく振り下ろされる。

 低く鈍い音がしたかと思うと、刀身がふでの腕にぶつかって、それを両断することもせずに、そのまま止まってしまっていた。


「ば、莫迦ばかなっ!?」


 腕にまとわりつかせた裾の布の二枚目までは勢いで剣先が通っていたが、それ以上は僅かに服が裂けふでの腕は薄皮が一枚斬れただけで、その切っ先は止まってしまっていた。それはふでが最もよく切れる刀の先端から外れた部分で受け止めたこともあったが、なによりも鉄線を織り込んだ布が男の刀の通りを妨げていた。斬れたと思いこんでいた男の顔は驚愕きょうがくに染まり、一方でふではにいっと口角を持ち上げる。


帷子かたびらを仕込んでたか!?」

「似たようなものです。」


 男の問いへと言葉を返すや、ふでは思いきりに足を踏み込ませて立ち上がると、その勢いをそのまま刀へと載せ思いっきり切っ先を突き上げた。次の瞬間、ざくりとした手応えと共に、男の顔を顎の下から頭頂部に向かって刀身が一直線に貫いていた。そうして即座に刀を抜き去ると、切れ目から血が噴き出した。頭の上から血飛沫ちしぶきを被る形になったふでは、親指の付け根でまぶたの上に振りかかってきた滴をぬぐうと、鼻孔から大きく息を吸い込み、呼吸の拍子を僅かに乱しながら肩を揺らして、途切れるように数回に分けて息を吐きだした。


 もはや夕暮れとは言え、未だにせみすさぶ盛夏の気怠けだるく暑い空気の中、それでもふでの吐く息は白いもやへと色付きそうな程に熱くそして酷く濃い塊の如くに漂っていた。


「十と一……。」

 刀を振るい、切っ先に滴り始めていた血反吐を払うと、ふでは改めて周囲へと視線を向ける。


 最初は十を越えた人だかりとなって、まるで一つの壁のようにすら見えた男達の群れも、今となっては残りも片手で数えられそうな人数となっていた。こと、ここに至って男達も流石に自分達の身が危ういと感じ始めたのか、刀を構えながらも、顔中に冷や汗を掻いてふでを襲う機をうかがい始めている。


 周囲には木々の無い荒れ地のはずにも拘らず、随分と近くから熊蝉くまぜみの鳴き声が聞こえてくる気がして、ふでは煩わしく思いながら首を振るう。それが本当に蝉の鳴き声なのか、疲れからくる耳鳴りなのか、ふでは浅く小さく呼気を吐きだしながら一瞬だけ目を瞑った。すっと真っ暗になった視界の中で、僅かに頭の疲れが取れるのを感じて再び目を開く。蝉の声は未だに聞こえてきて、それが故に溜息を漏らすが、ふいとそんな煩わしさをつんざくようにして、一つ烏の鳴き声が響いてくると、さわりと一斉に蝉が泣き止んで、ふふっと思わずふでは微笑んだ。


 そうこうしている間も、残った男達はふでを遠巻きに見つめてくるだけで、襲い掛かってくる気配がなかった。


 多対一であり、ふでからすれば周囲の全てに注意を払わねばならぬが、あちらはこちら一人を見つめていれば事足りる。だからそれを利用してこちらが疲れるのを待っているのだろうかと、ふでは男達の挙動へと目を配らせていく。暑さと斬り合いとで、からからに乾いていた喉に、無理やりに口の唾液を飲み込んでかすかかに潤わせながら、ふでは今の状況で相手が襲ってくるのを待つのは、らちが開きそうにないかもしれぬと考え始めていた。


 自分から攻めていくのは、ある種の危険性を孕んでいたが、それでもふではこのままの状況で待つよりはマシだろうと、自分からかかっていくことを腹に決めていく。

 正面へと向かい刀を握り絞め背筋を伸ばして正眼せいがんに構えると、残った男達を見比べて、中でも最も体の大きくて肉付きのしっかりとした男へと体を向ける。


 誰でも良かったが、まず初めに片をつけてしまうなら、厄介そうに見える相手からだ。ふでに取ってみればそんな心持であった。

 微かに息を吸い込むと、ふでは思い切りに地面を蹴り飛ばし、一挙に足を駆らせた。

 まばたきをするひまもなく、二間はあった二人の間が一挙に縮まって、気が付いた時には男の眼前へとふでの体が迫っていた。


「うおうっ!?」



 瞬速しゅんそくに迫るふでの動きに、僅かにだけ反応することが出来たその男が刀を咄嗟に振ろうと腕を上げようとすると、ふわっと自らの手が余りにも軽く動き、その奇妙な感触に視線を向けた。そこで男ははたと、自らの手首から先が無くなっていることに気が付いた。


「なっ!?」


 男が反応した刹那、その時には既にふでは男の手首を斬り捨て終えたところだった。


 振り抜かれた刀が弧を描き、地面にこまやかな血の破片を飛び散らせると、そのままの勢いにふでは刀を斬り返し、自らの拳が斬り落とされたことに呆然としている男の体を、横薙ぎに両断した。


 目の前で、男の上半身だけがずるりとずれたかと思うと、下半身の上からずり落ちて、その肉塊が半回転しかけた所で頭から地面にぶつかっていた。



「これで十と二。」


 またたく間の出来事に他の男は戦慄おののきながらも、流石に荒事に慣れた者達と言うべきか、隣に居た男は咄嗟に反応して刀を振り上げてきていた。


 切り落とされんとする切っ先を、ふでは前方へと体を回転させながら躱すと、男とすれ違いざまに腕を振り上げた。



 ひゅっと剣先が男の首筋を通る。


 一呼吸おいて、男の首がずるりと滑ると、その頭がころりと姿勢を失ったように落ちて、足元の地面へと転がっていった。

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