94.荒びた古刹五

 取り囲んでくる男達の視線を受け止めながら、槍のを握り直すと、ふではくるりと周囲へ視線を巡らせる。居並ぶ男達は、大小様々に身の丈は違い、着ている服もいろどりはなくとも種々様々、相貌そうぼうは一瞥にして記憶に残らぬような輩どもではあったが、ふでは妙に愛おしみと言うものを感じざるをえなかった。それは儚く死んでしまう小動物を目の前にした人間と同じような、そんな憐憫れんびん交じりの心持であった。


 その感情とは裏腹に口元が緩むのを感じながら、ふでは彼らの所作をつぶさに観察していく。殆どの者は血気に逸って前のめりに上半身を屈みこませているが、遠巻きにして刀を構えている者もいて、ふではそう言う者の方が手練れであり厄介であろうと感じていた。そうして様子をうかがいながら、くるりと周囲を一瞥にしてふでは男達を適当に数え上げていく。


 大凡おおよそにして残り十数人。


 唐傘からかさ陣伍じんごは寺に残っているのか、それとも逃げ出したのか、周囲に姿が見えなかったが、少なくともここにいる人数で桔梗ききょうの言っていた数とも大差はない。恐らくはこれに唐傘からかさ陣伍じんごを合わせて全ての人員なのだろう。

 周囲をこの人数に取り囲まれるのは、中々に壮観そうかんで、それだけでもふでは口元が一層に緩んでいくのを感じてしまう。


「いやはや、こうして眺めてみると、何ともまあ随分と斬りでのある人数でございますねえ。」

 呑気にふでが言ってみると、取り囲んでいる男の中でも一際に背の高い一人が僅かに唇を引く付かせながら声を上げた。


「何を呑気に言ってやがるかっ。てめえはここで死ぬんだよ。誰の命令でここに来てんのか知らねえが、一人で突っ込んできて、この人数相手に生き残れると思ってんのか。全員でなますりしてやらあな。」

「ふふっふ、そうでございますか。出来るものなら、どうぞどうぞ。是非にそうしてくださいな。」


 何とも侮ったようなことを口にするふでに、男達は揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。ただ、そうやって言いあっている間に、ふでの真後ろに位置取っていた男が僅かに距離を詰めようとしていた。音を立てずに気付かれぬよう、じりじりと少しずつふでの背へと近づいていく。そんな動きに気が付いて周囲の男達が僅かににやりと口角を持ち上げていく。


 真後ろに近づいていた男が、一気に足を駆けふでの背中へと襲い掛かるや、それに呼応して、真正面に居た男も刀を振り上げて駆け寄ってくる。前後から襲い掛かってくる輩に対してふでは一瞥もせず槍を掴む手に籠めた力を僅かに緩ませた。


 真後ろから跳びかかってきた男が思い切りに刀を振り上げた。

 その瞬間、一顧だにもせずふでは腕を短く強く振るうと、掌の中を槍の柄がひゅっと滑り、飛びかかる男の腹部へと槍の石突いしづきを突き立てていた。軽く宙へと浮いていた男の腹へと突きこまれた槍の柄は、服に渦巻くしわを立てながら思い切りにねじ込まれていく。


「がっ!?」


 槍先ではないために突き刺さりこそしなかったが、思い切りに石突いしづきが腹部へとめり込んで、後方へと弾き飛んでしまうと、男は悶絶しながら地面へ転がっていく。に伝わってくる感触だけで、男を弾き飛ばしたのを感じ取ると、ふではそのままに思い切りに後ろへと飛びのいて、目の前から駆け込んでくる男の刀の埒外らちがいへと後退あとずさる。


 そうして再び槍のを手の中で滑らせると、適当な長さのところで握り直し、ふではぐっと上腕筋に力を籠めた。刀を振りかぶって迫りくる男を一瞥すると、ふでは袖をひるがえしながら手に携えた槍を、一度思い切りに地面へと向かって振り下ろした。槍の穂先が地面へと叩きつけられて、柄がみしりとしなるや、地面へとぶつかった衝撃で木が反発力を生み出し、途端、くんっと穂先を跳ね上げらせた。


 一挙に跳ね上がった刃先は駆けこんでくる男の股座から体を掠めると、顎の根元へすっと触れる。喉元から切っ先が肌へと触れるや、さくりと皮膚が裂けて刃先が差し込まれ、そのまま勢いよく顔を両断して、顎から前歯、鼻、そして眉間から額を真っすぐに槍先が通り抜け、頭骨を一気に両断していた。


「ごぽぁがっ……。」

 顔を真っ二つにされた男は裂けた喉から溢れる血を溢れ出る吐息で泡だらけにすると、奇妙な鳴き声を上げて倒れ込んでいく。宙へと跳ねた槍先は、血糊を飛ばしながら弧を描くと、瞬間、するりと切っ先を勢いよくひるがえしていく。


 それは槍の柄を持ったふでが体を回転させようとしていたからだった。

 地へと柄を突き立てて、それを支点としてふでの体は勢いよく、くるりと反転していく。そうして振り向きざまに、後ろで悶絶していた男の頭を狙いすましたように蹴り飛ばしていた。



「がふっ!?」


 先に腹を石付きで突き抜かれた痛みで呼吸も苦しそうにしていた男は、更に頭が蹴り飛ばされた衝撃で理解もできぬままに強烈な気持ち悪さに襲われて、胃液を吐き出してその場に崩れ落ちていく。生茶色をした嘔吐物おうとぶつの中に顔を突っ込ませると、男は頭が割れるような吐き気に引きつって芋虫のように跳ね、髪の毛を吐瀉物としゃぶつ塗れにしながら体をぐぐぐっと丸め込ませていった。


 その倒れ込んだ男へと、ふでは近づくと、ひらりと槍を回転させて穂先と尻とを入れ替えて、地面に横たわる体躯の中心へと向かって槍を突き立てた。


 何度も嘔吐えづいては吐き出していた男の吐瀉物としゃぶつの中に、血反吐が混じったかと思うと、男は何度も小さくびくびくと跳ねて体をうねらせて、そうして事切れたように動かなくなった。


 完全に動きを止めた男の体から槍を引き抜くと、現れた刃先は内臓の一部を貫いたのか肉片と血と共に黄土色の液体を纏わりつかせていた。


 ふっと引き抜いた槍先を振るうと、ふでは小脇に槍の柄を抱えながら、周囲に視界を巡らせて口を開いた。



「五と六。」


 一度大きく槍を振るって見せると、穂先についていた肉片が散らばって、血が地面や周囲に居る男達へと飛び散っていき、それが裾へとまとわりつくや黒い染みを作っていた。


 僅かばかりに、その飛び散った肉片が身に振りかかることをいとうた男もいるには居たが、殆どが目の前の女から視線を離すことを嫌って、ただじっとその挙動を見つめていた。

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