90.襲撃直前四 - 荒びた古刹一
「急に言われて、とりあえず困惑しているって言えば困惑していますけれどね……。」
「そりゃ、そうでしょうがね。そこら辺りは我慢して納得してくださいな。」
「それに今から行くと、多分着くのは夕方ぐらいになりますけれど、危なくはしないですか?」
「ふむ……もうそんな時間になりますか。」
返答と言うよりは
ただ、すぐに夕になるのも雨が降るのも、どちらかと言えば好都合であった。
「襲うにはそれぐらいが丁度良いですよ。
軽く言うてみると、
「襲うたことがあるんですか?」
小さく肩を竦めて
「さあて……ね。では、部屋に戻って準備を整えましょうか。」
そう言って
「いやはや、改めて着てみると中々に重いですね。」
着こんだ服を撫でながら
そのまま
丁度
「
畳に座り込み、右足に具足をつけようとしていた
「いえ、討ち入りということですから、私も準備をしようと……。」
それはまるで何か呆れているようでもあり、酷く困ったようでもあり、そんな溜息を返されて
軽く首を振りながら、
「打ち入るのは私だけで充分ですよ。貴女様は、場所さえ教えてくだされば、安全なところで控えておればいいのです。加勢しようなどと思わないでください。」
「え、ですが……。」
「ですがも、よすがもないんですよ。貴女様では役に立ちませんから、邪魔にならぬところで隠れていらしてください。」
「そ!それはっ……。そうかもですが……。」
ずばり役立たずと言われてしまい、
なんとも落ち込んだ表情を見せる
「そんなにも何かをしたいと言うのでしたら、私が戦うのを見守っていて、危なくなった時に助けでも呼んでくださいな。後は逃げ出せるように退路でも確保しておいてください。」
危なくなったりなどするつもりはないがと思いつつ、
「そう言うことでしたら……。」
未だに不服そうに眉尻を下げて唇を
ふうっと僅かばかりに安堵して
どんよりとした空気が窓から入り込み、それは何とも物憂げな心持になる夏の昼下がりであった。
* * *
二十
東の空から西へと向かって伸びる雲が幾分か朱へと染まり、家々の瓦屋根が赤い光沢を見せ始めた頃、ようやく二人は街の東外れまで辿りついていた。閑散として立ち並ぶ木々から延びる影はすっかりと長くなり、塀や建物の影は色濃く、そして一層にひっそりと薄暗く感じられる。僅かに強くなってきた風は、荒れ地に生えた背の長い草をかさかさと揺らし、そうして巻くように砂ぼこりを舞いあげていく。
どこか土気交じりの風を身に受けながら、
降りくる前に終わるだろうか、それとも最中に振ってくるだろうか、どちらにせよ、この暗がりは都合がよかろうと
「あれですか?なんとも裏寂れた寺でございますね。」
丁度近くにあった建物の陰に隠れながらに
その寺は屋根として張られた
一面に荒れ果てた野辺に建てられている寺は塀すらも打ち壊れていて、そのみすぼらしい姿を遠くからでも丸見えにさせてしまっていたが、その
丁度町外れに立っている御蔭で人も通らずに、更に言えば寺の向こうは崖になっているようで人の出入りも見張りやすい。隠れて拠点とするには良い場所なのだとは感じられる。
ただ、一方でそれは、不意を打って襲うにも都合が良かった。
恐らく中にいる者達は自分達は襲撃する側であり、己が襲われるなどということは露程にも考えていないのだろう。今から討ち入ろうと言う
「あの寺の中に
それは依頼をしてきた老人の言葉とも一致した。
不逞の輩は唐傘陣伍一人ではなく複数いるはずであり、徒党を組んでいるはずであろうと。だから複数人居るのは最初から問題ではなかった、重要なのはその人数である。
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