83.結城と石動十七

「いつも私は局長の言うことを、ちゃんと聞いておりますでしょう?昨日の夜だって、かわやに行くのに着いていってあげたではないですか。」

 石動いするぎがそう言うも、それでも先ほど言うことを聞いてくれなかったことが余程に気に食わないのか、結城ゆうきはつーんと顔を背けてしまい、そのままむすっとした顔で大福を一つ頬張った。逆に石動いするぎはといえば、何も返事をしてくれないことが不安を煽ったのか、余計にあわあわとして結城ゆうきの顔を覗き込もうとする。


「きょ……局長……?」

 どこか弱った様子で石動いするぎ結城ゆうきの肩へと手を触れて軽く揺する。


 それでもつーんと顔を逸らしたままに一切に口を効こうとしていない結城ゆうきの態度に、石動いするぎは「うぅ……」と酷く狼狽した声を上げていた。傍らで眺めてみているに、どうやら歳の差はあれど石動いするぎは、基本的には結城ゆうきの言うことにあまり逆らえない様子で、肩に手を添えながらも、ただあわあわと困惑ばかりしている。


「私の言うことを聞いてくれなかった、石動いするぎさんの言うことなんて何も聞けません。」

「そんなぁ……局長……。」

 睨み合って居る時には何とも端正だった細い糸のような石動いするぎの瞼も、今では見る影もなくまるで蛇のように畝って情けない表情を見せてしまっていた。


 そんな二人の様子を眺めていると、ふではふっと微笑ましく感じてしまい、多少にこそばったい心持で落ち着かず、自分の手元にあった団子を一串手に取って、その頭の一玉を口に食ませるや、くっと口を引きながら噛み取った。口の中に甘くとろりとした御手洗餡が粘っこく広がってきて、何度も噛んでいるうち団子そのものの旨みも染み出して、ふでは溢れてきた唾液と共にそれらの味を纏めてこくりと喉へと流し込んでいった。そうして、椀を手に取ると中に入っている熱い煎茶をずずっと一つ啜りこんだ。


 そうして、ふでは一息つくと、未だに狼狽えている石動いするぎをよそに、結城ゆうきへと向かって視線を下ろした。


結城ゆうき様は、良くやっておられるんでしょうよ。」

 さらりとふでがそう言うと、結城ゆうきは先ほどまでツンとさせていた顔をはたと上げた。


「そうでしょうか?」

「そうでしょうよ。だからこそ、昨日の黒鉄くろがねさんとやらですか。あの黒羽織のお方も、貴女様相手にして恐縮しておられたのでしょうし、なんだかんだと最終的には言うことを聞くのでしょう。」

「そう言うものでしょうか?」

「そう思いますよ。少なくとも私は。」


 しれりとしてふでが頷いて見せると、結城ゆうきは僅かばかりだが、ほっとした表情を見せた。やはり幼い身の上で組織の上に立たされている不安と言うものがあるのだろう、気休めのような言葉ではあったが、それでも安堵しているようであった。


「ところで。」

 話を変えるようにふでは、そう切り出す。


「なんでしょうか?」

黒鉄くろがねさんのお話しが出てまいりましたが、石動いするぎさんの仰っていた『隊長』というのは何のことなのですか?」

「ああ、それは……。」


 ふでの尋ねに結城ゆうきは頷くと、僅かに言いかけた言葉を一つ切って、くいっと顔を見上げさせた。ふでの顔を眺めあげる瞳は酷くきらきらとしており、疑うことを知らぬ無垢な表情は、子供特有の丸っこい容姿とも相まって妙に人懐っこく見える。こうやって幼い美少女に見つめられてみると、なるほど、ふでからしても多少なり素直になって言うことを聞いてしまうというのも分からないではない感じがしていた。


 何とも円らな瞳を見上げさせた結城ゆうきは、「ええっと」とちょいと言葉に惑いながらもふでの問いに答えていく。


「うちは、隊員がそれなりに多いので、それをいくつかの部隊に分けているんです。その部隊を指揮する人を、隊長として任命してるんですよ。」

 そこまで言って僅かにのどの乾いたのか、手元にあった煎茶を一口飲むと、ほうっと息を吐いて、そのまま結城ゆうきは説明を続けていく。


「一番上が一応私なんですが、その次に副長がいて、それで副長の下に十の隊に分けられてるんです。それでその隊の各々に隊長がいて、更に隊長の下に平の隊員がいるって感じなんです。」


 その説明で、ふでにも何となくはその組織の形と言うものが理解はできた。基本的には良くある階級式の組織なのであろうし、石動いするぎ黒鉄くろがねといった名字持ちが居るあたりからして、恐らくは局長の下に着く副長と言うのも、多少なりとも家柄のある存在なのだろうと察せられた。


「それで、昨日お会いした黒鉄くろがねさんと言うのが、隊長の一人ということなのですか?」

「はい。黒鉄くろがねさんは一番隊の隊長さんですよ。一緒に居た田後たごさんが、六番隊の隊長さんです。」

田後たご……というのは。」

「頭を剃っていた方ですよ。覚えていませんか?」

「ああ、あの僧兵みたいな方ですか。しかしなるほど、両方とも隊長さんと。その隊長と言うのは強いのだと考えていいのでしょうか?」


 ふでが尋ねてみると、結城ゆうきはにっと口元を緩めて自慢するかのように胸を張る。


「強いですよぉ。隊長さんはみんな強い人から選ばれてますし、特に黒鉄くろがねさんは組の中でも指折りの強さだと思います。」

 ぐっと掌に力を籠めて力説する結城ゆうきの様子は、まるで自分のことのように誇らしげであった。


 そんな結城ゆうきの言葉に、ふうんっとふでは頷いて、目を細める。その表情は緩く、目尻は細く伸びて口角は上がっていて、どこか嬉しげでもあり、何かを期待するような風であった。傍らで煎茶を飲みながら二人の会話を聴いていた、桔梗ききょうからすれば、その表情に、またぞろ良からぬことを考えているんだろうと、何となく察しついてしまう表情でもあった。正直、桔梗ききょうからすれば、強いなどと口にしないで欲しかったほどだ。


 にまりとした表情を浮かべながらふでは、ひょいっと顔をあげて石動いするぎにも視線を向ける。


「強い人がなられるのなら、もしかして石動いするぎさんも隊長なのでしょうか?」


 ふでが問うてみると、石動いするぎは丁度団子の一つへと噛みついていたところで、一玉の欠片を歯で食み取ると、そこで僅かに首を振るった。そのまま石動いするぎは何かを言おうとするが、口の中に食べ物が入っている状況では喋れぬと見えて口元に手を当てながら、もぐもぐと慌てて噛み取った団子を飲み込もうとしている。口に物が入っているだけで喋れなくなる当たり、石動いするぎと言う女性も随分と育ちの良いのだと感じさせる。


 そんな石動いするぎの慌てように気が付いたのか、結城ゆうきが横から顔を出して代わりに説明を始める。


石動いするぎさんは局長付き?っていう役職でして。いつも私についてきてくれる御役目なんです。だから剣華けんか組の中でも、ちょっと特殊な存在なんですよ。」

「ふうん、弱くて隊長になれなかったとか、そういう所ですか?」


 どこか挑発するようにふでが言ってみると、石動いするぎはその顔をキッと睨みつける。睨み付けるというても、余りにも目が細いために、違いがほとんど分からず、仄かに両眉の間に皺が入ったの見て、そう感じられるという程度ではだったが、少なくとも剣呑な雰囲気ではあった。石動いするぎは口の中に含めていた団子の欠片を飲み込んでしまうと、それで漸く口を開いた。


「私は自分から局長を守りたいから、志願して局長付きになったんだ。局長は組にとって最も大切なお方だからな。」


「なるほど。ご殊勝なことで。ですが、それは動機であって、強さとは別の話でございますよね?」


「……試してみるか?」


 にじりと体を乗り出して睨み付けてくる石動いするぎに、ふではわざとらしく肩を竦める。



「もぉ、石動いするぎさぁん……。」


 前のめりになりかけていた石動いするぎの体を、どこか呆れた様子で声を上げた結城ゆうきの腕がぐっと押し返した。



「こんな所で喧嘩は止めてくださいね。もう本当に……。」


「し、しかし、局長……。こんな不遜ふそんな輩は一度痛い目に遭わせてやらねばいけませんよ。」


「その考え方、殆ど、私たちが取り締まってる人達とおんなじですよ。そう言うのは良くないです。それよりも私はふでさんには、聞きたいことがあるんですが……。」

 と、言いかけて、結城ゆうきふでへと顔を向ける。

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