82.結城と石動十六

 石動いするぎが随分と奇妙な物を聞いたとでも言わんばかりの顔を見せている一方で、その傍らに座る結城ゆうきは途端に体を大きく乗り出させて、きらきらとした瞳で何度も頷いていた。


「そうですよね!?石動いするぎさんは綺麗ですよね!?」


 どこか熱を帯びた声を上げると結城ゆうきは、ぐいぐいっとふでへと向かって体を乗り出していく。

 それはどうにも言うに止まらぬと言った恰好で、ぐっと掌を握りしめた結城ゆうきは心底に嬉しそうな表情を見せている。

 おやっとふでが思うておると、少女の後ろ側では、石動いするぎが顔を真っ赤にして首を振っているのが見えた。


「きょ、局長。やめてください、私なぞ……そのように言われる人間ではありません。」

 ふでに向かって睨み付けて時の厳しくて冷淡な態度とは全く違い、酷く慌てて恥ずかしがるような様子で石動いするぎは謙遜の言葉を漏らしたが、それでも結城ゆうきは振り返りながら、むしろ彼女の言葉を否定する勢いで言葉を続けていく。


「何言っているんですか。石動いするぎさんは、いつも姿勢がきりっと正しくて、稽古の時もふで仕事の時も所作が全部綺麗で、目鼻もすっきり通っていますし、笑った時とか私なんかとは違って御淑やかで、すっごい美人さんですよ。」

 すっごいの「す」の部分に妙に力を籠めて結城ゆうき石動いするぎへと向かって力説していく。


 結城ゆうきが、彼女のどこが綺麗かを語るたびに、石動いするぎの顔は段々と分かるほどに赤くなっていき、堪えきれないと言うように恥じらいながら最後には耳の端まで真っ赤にして、顔を俯かせると、ふるふると打ち震えていた。それは、褒められて喜んでいると言うよりかは、どちらかと言えば苦しい羞恥に耐えているようですらあった。


「……どうしたんですか?石動いするぎさん?」

 そんな彼女の様子を不思議がって結城ゆうきは、すっと体を屈めて顔を覗き込ませるが、石動いするぎはその顔が直視できないようで、泡を食って視線を逸らしてしまっていた。そんな態度は、先ほどまでふでに見せていた険しい護衛と言うよりは、まるで初恋に恥じらう初心な乙女のようであり、そこではたとふでは何やら思い当たる物を察していた。


「な、なんでもありません……。」

 結城ゆうきの問いに対して慌てて石動いするぎは視線を逸らすが、それを追って結城ゆうきは一層に体を屈め込み、顔を覗き込もうとする。


「でも……なんか変ですよ、石動いするぎさん。顔も真っ赤ですし、大丈夫ですか?」

「何でもありませぬから。だ、大丈夫です……。」


 言いながら石動いするぎは両手を持ち上げると、その掌でがっと顔を隠してしまっていた。それが一層に不審を高めたのか、「どうしたんですか?」と袖を引っ張り上げようとする結城ゆうきに、ぽんぽんっとふでは肩を叩いてその手を差し止める。ふっと振り返った結城ゆうきが円らな瞳で不思議そうな表情を浮かべるのを、ふでは肩を掴みながら軽く首を振るって見せる。


結城ゆうき様。その辺りで、やめてあげてくださいな。それ以上は、酷と言うものですよ。」

 言われたことの意味が分からずに、結城ゆうきは一層に不思議そうな顔を見せる。それはどうにも、一切の屈託もなく過ごしてきたような、心底に純粋で無邪気な少女の心根が現れているようで、ふでは妙に胸の奥が嫌悪的にむず痒いような感情に襲われてしまう。


「え?どうしてですか?」

 本当に無垢な表情で少女が尋ねるのを、ふでは不意に湧いた自身の感情を軽く吐き捨てるように溜息を漏らして、首を振るう。


「この世には褒められるのが苦手な人もいるのですよ。そう褒めても、彼女を苦しめるだけです。」

 ふでが適当に言ってみると、首をひねりながら結城ゆうきは「そうなんですか?」と尋ね返してくる。


「そういうものですよ。」

 と、告げると、彼女はそのまま素直に「そう言うものなのですか」と素直に頷いていた。育ち柄なのか生来の人柄なのか、今話している分にはふでからとると、あまり他人の言葉を疑うことを知らぬ年相応の少女のように見えてしまう。それが武力組織の長を務めていて、どんな心境があるのかふでには多少なりに気にならないではなかった。


「それで、話を戻しますがね。結城ゆうき様は祖父に言われて局長になったと仰いましたが、齢はいくつの頃です?」

「十一の時です、今は十二になりました。」

「十二ですか……。いやはや祖父が偉い方とはいえ、組織の長としては、随分とお若くていらっしゃる。失礼ながら幼すぎると言っても良い程です。」

「本当に失礼な奴だな。」


 結城ゆうきの後ろから不意とそんな忌々し気な声が返されてきた。

 視線を上げてみると、先ほどまで顔を真っ赤にしていたはずの石動いするぎが、もう平静な顔を作って、その端正な目線でキッと睨み付けてきていているところだった。


「局長は、十二だろうが、御幾つだろうが完璧だ。」

 至極真面目な顔で、背筋をいやに真っすぐ伸ばしながら、どうにも身内びいきとしか思えない事を石動いするぎは平然と言ってのける。恐らく彼女としは、本心でそう言っているのだろう、その表情には一切の惑いや、虚飾の響きなど無いように聞こえた。


 その傍らで、全くをもって結城ゆうき自身はそうと思っていないように、大きく首を振るっていた。


「私は……私自身も、こんな幼い私が一番上で指示してるなんていいのかなって思います。剣華けんか組のみなさんは、みんな凄い人たちですし……。」

 手に取った煎茶を一つ飲みながら、結城ゆうきがため息交じりにふうっと一息をついてみせると、その傍らから、石動いするぎが顔を出してきて慌てたように口を挟む。


「何を仰いますか。局長はちゃんとされております。皆もそれを分かっておりますから、自信を持ってください。」

「みなさん、そう言ってくださるんですけれどね。」


 確信が持てないのか、どこか不安げに言いながら手元にある大福をじっと見つめると結城ゆうきは手持ち無沙汰ぶさたのようにして、その大福を指先でつまんでは、柔らかい皮をふにふにと伸ばしている。そんな結城ゆうきの表情に、石動いするぎは何か言葉をかけようとして何も言えずに、寂しそうに眉尻を下げると、唇をゆがませながらくっと掌を握りしめた。


 そんな石動いするぎの表情を眺めて、ふでの傍らに居た桔梗ききょうがひょいっと顔を覗き込ませながら、羨ましそうに結城ゆうきへと声を掛ける。

「隊員の方達から慕われているんですね。」

 結城ゆうきは顔を上げると、桔梗ききょうの方へと視線を向けて「どうなんでしょうか」と首を捻っていた。



「みんな、あんまり言うことを聞いてくれませんし……。昨日だって、覚えていますでしょう?黒鉄くろがねさんとふでさんが喧嘩をしてるの、あれだけ言ってようやく止められたぐらいです……。」


黒鉄くろがねは馬鹿で向こう見ずですから。」


 語る結城ゆうきの横で、不意に石動いするぎが吐き捨てるように言うと、さらに続けて

「なんで、あんな暴れ者が隊長をやっているのか……。」

 と、誰に言うでもないような様子で言葉を吐いて、やれやれと溜息をついていた。


 石動いするぎ黒鉄くろがねと二人が共にいる所を見たことはなかったが、いま語られた言葉だけで、さほど仲が良いわけではないだろうということが感じられる。同じ組織内といえども、不和などがあるのだろうかと、ふでは何とはなしに彼女の言葉に耳を傾ける。


 その一方で、結城ゆうき石動いするぎの言葉にむしろじとりとした視線を向けていた。



「そう言う石動いするぎさんも、さっきふでさんと喧嘩しそうになった時は、全然言うことを聞いてくれなかったじゃないですか。」


 どこか不満げに口を尖らせて拗ねたように言う結城ゆうきに、石動いするぎは途端と「あっ」と小さく声を上げた。



「あ、あれは、局長の身の安全を考えてのことで……。」


 どこかあわあわと慌てた様子で、両腕を左右に振らせると、慌てて石動いするぎは言い訳を口にしていく。

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