77.結城と石動十一

「ちょいとちょいと、貴方様がた。」

「ああん、なんだあ?」


 話しかけた女性にがうまく引っ掛けられなかったことに苛立っているのか、多少とげのある声を上げて男達が体を振り返らせる。男達の姿は一言にいえば奇妙と言うものであった。背の低い男は単純に顔の造詣がいびつではあったが、桔梗ききょうにとって目についたのは男の腕は折られた帰りの様に包帯でぐるぐる巻きに固定されていたことであり、太った男の方はと言えば、顎が真っ赤に腫れあがっていて、まるで熟れたなつめを張り付けたかのようですらあった。


 男達は振り返るや眉根をしかめていかつい表情を咄嗟とっさに浮かべていたが、話しかけてきた相手がふでであるということに気が付いて、一瞬で顔を青ざめさせた。


「ひぃっ!」


 太った男が情けの無い悲鳴を上げるや、次いで顎が痛んだのか「痛っ!」っと顎を咄嗟に抑えて顔をしかめさせる。背が低い方の男はと言えば、言葉を詰まらせていて、包帯に吊られた腕をさすりながら脂汗を額から頬から垂れ流し始めている有様であった。

 それは昨晩に、宿でふで達の部屋へと無理やりに押し入ってきて、それで二人に叩きのめされた男共であった。男達もふで桔梗ききょうの顔を覚えているからこそに、何とも苦々しい表情を浮かべていた。


「ぐええ……。」

 小さく唸って男二人は気まずそうな表情を浮かべているのを、ふではちょいとばかり困ったように片眉を引き上げて睨み付けて見せる。


「おや、貴方様がたでしたか、昨日あれだけ痛めつけられたのにもかかわらず、今日も女性にちょっかいかけてるんですか。懲りませんねえ。」


「へへへ……。」

 僅かにへつらうような表情を浮かべたのちに、男達は互いに顔を見合わせて、一歩後退あとずさる。


「あ、いや、俺なにか、ちょっと用事を思い出しちまった……。」

「ああ、俺も……。ちょっとな。」


 誰に言っているのか、言い訳めいた言葉を口にすると、男は二人慌ててきびすを返し往来を一目散に逃げだしていた。道行く人にぶつかりながらも、余りにも慌てて去っていく男達の姿を眺めて、桔梗ききょうはきょとんっとした表情を浮かべて首を傾げる。


「なんなのですか?あの男達?私達を見て随分を慌てていたみたいですが、ふで殿のお知り合いか何かですか?」

 その桔梗ききょうの言葉は全くを持って心から疑問を呈しているといった口調の言葉であり、冗談で言っているのではないと感じさせた。昨日、片割れの男の腕をじり上げて関節を外したなどということは、一切にも覚えていないと言うような様子であるがために、ふでは幾分か呆れたように眉根をしかめさせてしまう。



桔梗ききょうさん。貴女様。本当に覚えていないので?」

 ふでは呆れたといった口調で行ってみるが、桔梗ききょうはむしろ何を問われているのか全く分からないように不思議そうな顔で見返してくる。


「えっと……なにをですか?」

「何をも何も……。」

 言いかけてふでは殊更に言うことでもないかと思いなおし、すぐに気を取り直して首を振るった。


「まあ、気になさらずとも良いですよ。彼らも逃げて行ってしまいましね。それよりも。」

 と、ふでは体を振り返らせて男達のいた方へと視線を移ろわせる。


 そちらには男達に絡まれた女性がいるはずで、ふでは殊更に柔和な表情を繕わせて振り返った。その余りにも取り繕った表情を見て、桔梗ききょうは額に手を当てて溜息を漏らしてしまう。実際、その態度は先ほどの男達と何が違うのかと桔梗ききょうには感じられてしまう。


「大丈夫でしたか?」

 何とも親切そうに言ったふでが顔を向けた先には、二人の女性が佇んでいた。


 一人は確かに妙齢の女性であったが、もう一人はずいぶんとちんちくりん――と言うか背丈の低い、幼い少女であった。おかっぱ頭で柔和な表情をして、あかい羽織を纏った一人の少女。その少女の姿格好に桔梗ききょうふでもどこか見覚えがあった。


「あれ……えっと、貴女は確か……。」

 頭の中で記憶を巡らせながら桔梗ききょうが言い惑うと、少女の方にも二人に見覚えがあったようで、「あっ」と声を上げた。


「えっと、確かお二人は黒鉄くろがねさん達と喧嘩をされてた方達ですよね。」

 そう少女に言われて、桔梗ききょうも「ああ」と頷いていた。確かに目の前に居るのは昨日の昼間、往来で黒羽織を身に着けた男と斬り合って居た時に、止めに入ってきた少女であった。


 ふでもそれに気が付いたのか、ふむっと思い出したように頷いて口を開く。


「おや、貴女様でございましたか。ええと、確か、絢爛けんらん組の――。」

剣華けんか組ですっ。」


 言い間違われ慣れているのか、ふでの言葉を少女は食い気味に訂正した。その声は少女らしく、甲高いながらも、不機嫌を混じらせたようにどこか鈍い色合いがあり、ふんすと鼻息を荒くしている様子も相まって、ふでは多少微笑ましくくすりと小さく笑う。


「そうそう、剣華けんか組の局長さんでしたか。またお会いできるとは、何とも奇遇なものですね。」

 本当に奇遇であった。


 昨日の黒羽織の男と同じ日に二度も出会ったことといい、何がしか彼女らとの奇縁でもあるのかと、多少なりに不穏なものを感じつつも、ふでは話しかけるために足を一歩近づけようとする。昨日は稚児ちごに興味はないとは言っていたが、それでも女は女だということで、多少なりとも思うところがあるのか、ふでの顔はどこか嬉し気に頬を緩ませている。


 ふでが近寄ろうとした途端、傍らに佇んでいた妙齢の女性が間へと足を差し入れて、体を割り込ませてきた。

 その仕草は明らかに、少女へと近づくふでへの警告を意味しているように見えた。


「貴様。それ以上、局長に近づくな。」

 女性の口から出てきたのは、酷く冷淡な声であった。


 まるで氷を金具で引っ掛けたかのような、高く、鋭く、そして抑揚の消し去られた無感情な声で、端的な口調でふでへと言い放たれていた。


 ふでは僅かばかり顔を顰めさせながら、女の肢体へと視線を向ける。桜色をした長着に薄紅色の羽織を身にまとった、齢の二十手前といった具合の若い女性であった。髪こそは結い上げられていて女らしかったが、その顔は目が糸の様に細く閉じられ、整った顔立ちが怜悧で一種の刃物のような鋭さを感じさせる。


 そして、その女は、ふでと少女との間に足を差し入れながら、腰に差していた刀の柄へと左手を添えて、今にも抜き去らんと言った態度を見せていた。 


 かしゃりと、鞘の中で刀身が擦れる音が響く。

 局長と呼ばれていた少女は、その音に驚いて、慌てて女の袖口をぐいっと引っ張った。



「ちょ、ちょっと、石動いするぎさん!!」


 少女は思い切りに袖口を引っ張っているのか、指の先から布は大きな皺を寄せていく。それでも石動いするぎと呼ばれた細めの女は、全くに意にも介していないのか、少女を一瞥にもせず、ふでへと冷徹な視線を差し向けたまま微動だにもしていなかった。


 睨み付けられたふでは、平静な顔を浮かべながらも、いつの間にかその手を腰の刀へと添えさせている。


 先ほどまでの呑気に街を歩いていただけだったはずが、いつの間にか余りにも緊迫し始めていて、桔梗ききょうは喉が渇いて張り付いていくのを感じる。


 いつの間にかだ。

 いつの間にかこんなことになってしまっている。


 道を歩いていただけのはずなのに、ふでとともにいるだけで、厄介事が蔦の如くに絡みついてきてしまう。


 緊張した空気を感じながらも、桔梗ききょうは顔を渋らせて大仰に溜息をつきたくなってしまっていた。


 密集していたはずの往来ではあったが、いつの間にか四人の周りに人が居なくなっている。剣呑けんのんな雰囲気を感じたのだろうか、道行く人々は、桔梗ききょうたちのいる場所を大きく避けて遠巻きに歩き去っていく。


 ふでと、石動いするぎとの間には、妙に空気の上り立って、僅かに埃が舞い立っているようにさえ感じられていた。

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