76.結城と石動十

「いやはや、なるほど。こうやって人伝手ひとづてに聞いていこうという算段なのでございますね。はたから聞いておりましたが、桔梗ききょうさんも中々にお話しが御上手で。」

「そう……でしょうか?」

「そうでございますよ。」

「ふふ、ふで殿に褒められるのは、何というか珍しいですね。」


 屈託もなく桔梗ききょうは軽く笑みを浮かべて、どこか嬉しそうに肩を揺らした。川縁を歩いていた二人の足は、すぐに往来へと差し掛かり、すぐに人波の中へと紛れ込んでいく。早朝も過ぎて大分日も昇ってきたのもあってか、道行は子供やら隠居やら様々な人が行き交っていて、先ほどまで以上に活気に溢れ始めていた。

 往来の向かい側からやってくる人の波を、桔梗ききょうの傍らへと身を寄せて躱しながら、ふむっとふでは鼻を一つ掻いた。


「そうですかね。」

「そうですよ?ふで殿は何時も私をからかってばかりじゃないですか。」

「そうでもないとおもいますがねえ。」


 ふむと更に一つ嘆息を漏らして、ふでは顎を撫でるが、それ以上には口を挟むのはやめて、改めて桔梗ききょうへと視線を向ける。どこか嬉しそうにしている桔梗ききょうの顔をわざわざ崩すまいと、何となくそんな心持になっていた。

 桔梗ききょう桔梗ききょうで、不意と、どこか投げやりなように頭に手を当てて空を眺めあげる。


「まあ、こうやって話を聞いて回っても、早々に人と言うのは見つかるものではないんですけれどね。」

 ぽつりと言った桔梗ききょうの言葉に、ふではふうんっと頷いて、空を見上げていた彼女の顔を僅かに覗き込んだ。


「そう言うものなのですか。普段ならどれほどかかるのです?」

「そうですね。探す相手にもよりますが、直ぐに見つかることは稀でしょうか。目立たない容姿とかだと一月ひとつき二月ふたつきかかっても見つからないなんてことがざらにありますよ。今回は有名な方らしいですから、比較的早く見つかるかもしれませんが。」

一月ひとつき二月ふたつき……、ですか。それほど時間がかかるのは困ってしまいますね。」


 そう言って腕を組むと、ふでも傍らの桔梗ききょうと同じように空を見上げ、ふうっと小さく嘆息を漏らしてしまう。ふでからしてみれば、切り合うならともかく、唐傘からかさ陣伍じんごら暗殺を狙う者達を探すだけの日々などと言うのは退屈でしかなく、一月ひとつきもぶらぶらと桔梗ききょうと歩いて回るのに自分が耐えられる気が全くしなかった。それであれば、この街中の男を片っ端から斬り捨てていく方がまだ、まだるっこしくなくて良いとさえ思えてしまう。


 そんなふでの心持をつゆほども理解はしていないだろうが、桔梗ききょうは溜息をつく彼女の態度にくすりと微笑んで自らの唇へと指先を小さく当てる。


「私もふで殿が大人しく待っていられるともおりませんからね。なるべく早く見つけられるように努力をしますよ。」


 次第と往来に立ち並ぶ建物が人の寝泊まりするような建物の並ぶ居住区から、物品を商うような店々の連なる道へと差し掛かっていく。

 二人の通りかかった道には、丁度、乾物屋やら野菜屋や酒屋などがのきを連ねていて、ひさしから道へとはみ出させるように置かれた籠や机には様々な商品が並べ置かれている。陽射しを照り返すほどに黒々と染まった茄子なすびやら、土塊の付いたままに細長い髭根を伸ばした牛蒡ごぼうの束、僅かに生臭い匂いを漂わせているあじや金目鯛も目についた。中でも八百屋の軒下に置かれた地面から腰ほどまでも高さのあるかごの一つなどには、山盛りと言うべきほどに大根を盛りに盛りすぎていて、その根先の幾つかが道へと飛び出してしまっている有様であったために、桔梗ききょうは僅かに体を避けさせて歩かねばならぬほどであった。


 酒屋、染物屋、茶器屋と、種々色とりどりと並べられる物品を買い求めに来ているのか、往来は酷く忙しく人の行きかって、けたたましいほどに声が入り乱れ、何とも騒がしく賑わっている。


 ふと、一人の男が道の向かいからふらりと歩いてきていた。

 男はちらりとふで桔梗ききょうを見かけると、ちぃっと舌打ちをした。単純に虫の居所が悪いのか、女二人が並んで歩いて幅をとっているのが気に食わないのか、ゆらゆらと揺れたふりをして男は無理やりに体をぶつけようと近寄ってくる。それをふでは軽く避けて躱すと、男はすってんころりと道の上へとすっ転んで「ぎう」っと奇妙な声を鳴らした。


 それを道行く誰もが一瞥もせずに歩き去っていく。

 男も男で、立ち上がって振り返り二人を恨めしそうな目でじいっと見つめてくるが、追手も来ずにただひたすらと黙って睨み付けてきている。


 そんなことが普通に起きるほどに、人が入り乱れていて混沌として、そこは余りにも騒がしい往来であった。桔梗ききょうは全くにも気にしていないが、ふではこの煩わしさに、眉の一つでも吊り上げて、嫌そうな表情を浮かべてしまう。



「何と言いますか、何なのでしょうね今の男と言い、この慌ただしい雰囲気と言って、やはりどうもけったいな街でございますね。」

「この雑多な感じが良いではないですか。」

 桔梗ききょうが言ってみると、ふでは一層に辟易とした顔を見せていた。



「こんな雰囲気を、良いと思えてしまうなんてのは、それはそれで最早人生の御終いみたいな感じがしますがねえ。」

 片目を閉じながら眉をひそめたふでは、どこか呆れかえったという口調で言葉を吐き捨てていた。

 桔梗ききょうはそれを聞いて、僅かばかりに苦笑い気味に肩を揺らした。


「またそれは随分と手酷い言われようですね。」

「私とは性分が合わないってことですよ……っと?」


 言いかけて、ふでは急に足を止めた。


「とと?」

 つられて桔梗ききょうも足を止める。


 立ち止まったふでの視線の先には、丁度、進路を防ぐようにして男二人の背が立ち並び、行く先の邪魔となっているのが見えた。それは何ともちぐはぐな背の並びで、右手に居る男は横に太ましく背も高かったが、傍らに居るもう一人の男は随分と小さくて屈めた背が酷く曲がっていた。道を行く他の人々は僅かばかり訝しんだ視線を向けながらも、それでも厄介事には関わるまいと男たちを避けて通っていき、ふで桔梗ききょうも、それにならって避けて通ろうかと足先を変えようとしたところで、男の片割れが声を上げた。


「ようようよう、茶を飲むぐらい軽く付き合ってくれても良いじゃねえか。こんなに頼んでんだぜ?」

 それは何とも分かりやすく、女に絡んでいる男の典型的な台詞の一つであった。


「悪いですが、そんないとまはありません!」

 そうして、それに言い返すかのようにして、すぐに男達の背の向こう側から甲の高い女の声が聞こえてきた。それは随分と若い女性の声の様であった。この二つの会話だけで、桔梗ききょうにすら男が女性を引っ掛けて遊びに誘っているのだろうということが察せられてしまう。


 多少なりとも嫌気と、女性が絡まれていることへの憐れみがないでもなかったが、正直なところ面倒事を避けたいと桔梗ききょうは踵を返して、すぐ様に男達の傍らを過ぎ去ってしまおうとしたが、女の声が聞こえたその瞬間に、傍らに居たふでははたりと足を止めてしまっていた。


 桔梗ききょうは動きが止まったのを感じて視線を向けると、ふではどうにも妙に目をぱちくりと瞬かせた顔を見せた後、ひょいっと男達の背に向かって人差し指を一本差して見せてくる。

 それだけで、多少なりともふでが何をしたいのかを理解してしまい、桔梗ききょうは僅かに呆れたようにあんぐりと口を開いてしまう。



「まさか、女性が絡まれているから助けたい、とでも言うつもりですか?」


「女性が絡まれているから助けたいんですけれどね。」



「言いますか。」


「言いますよ。女の方が困っているなら、助けるってのが人情ってものじゃありませんか?」



ふで殿の場合は女性に良く思われたいってだけなのでは?」


「そこは否定はしませんがね。」


 どこか澄ましたように目を細めると、ふでは腕を伸ばして両手で男達二人の背をつんつんっと指さしながら口を開いた。

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