74.結城と石動八
「まあね、そうさ、最近は暇っちゃあ暇かな。あんまり嬉しいこっちゃないけどねえ。客が来ない以上は仕方ねえ。手持ち無沙汰ってやつさ。」
「ははあ、だから、私たちが来る前も、
「あー……、そんなとこ見られてたのかい?恥ずかしいな……。いやさねえ。道を眺めてたって言うか、人を眺めてたんだけどね。」
「人を?」
「そうそう!道を歩いてる人たちを見てるとね、たまに
多少立ち続けるのに疲れたと言った調子で腰をかがめた男は、やれやれと首を振りながら太ももに立てた腕に頬肘をつかせると、往来の方へと目をやって道行く人々の顔を眺めていく。ふうんっと興味深げにその視線を追うと、
「へえ……例えばどんなのが面白いんですか?」
「そうさな……。」
ちょっと呟いて顎を一つ撫でると、周囲をきょろきょろと見回して幾つかの人の顔を見比べていく。そうして、一つ「おうっ」と声を上げると、ちょいちょいっと
「嬢ちゃん……あそこの木の下で突っ立ってるおっさんが見えるか?」
「あの人が、どうしたっていうんです?」
「まあ顔をよく見てごらんよ。」
「顔……ですか?」
「そうさな。良く見てると、ほれ、頭はつるぱげで、顎には首がない、唇がいかにも分厚くて、全体的に楕円みてえにぼってりとしてやがる。ありゃあ、まるで
説明していて自分で愉快になっていったのか、唐突にくすくすと喉を鳴らして堪えられないと田楽売りの男は笑いだしていた。言われて
そんな
「おっと、これでお嬢ちゃんも共犯だね。」
「いやはや……でも、なるほど確かに、あれは
口に手を当てながら幾許か肩を揺らして笑ってしまうと
「そうでしょう?ああ言うのを眺めちゃ、何に似てるだの、鼻が長すぎるんだのと、適当に眺めては一人でたのしんでんのさ」
「それはまた、酔狂なお遊びですね。」
「いやあ、暇だとそれぐらいしかしたことがなくてねえ。いやしかし……。」
言いながら田楽売りの男は、いけねえやと一人言ちながら、どこか困ったように顔を顰めて頭を掻いた。
「どうにもね。他人の顔を笑いの種にするなんざは、随分と下品な話だからさ。誰にも言わないでおいてくれるかい?知られたら、多分二度とここで売るなって殴りだされちまうわ。」
自虐的に言う男の言葉に、
そこら辺のこと、
「そうですか。それはまあ、いいですけれどね。私も口が堅い方ですし。」
硬いというよりは、基本的に秘密は死ぬまで言えぬように育てられた口であった。
「ただ、そんなに他人の顔を見ているっていうんならお兄さん。ちょいと尋ねたいことがあるんですがね。」
「うん?何だい?」
「いえ、何と言いますかねえ。ここら辺で最近、馴染みのない顔を見かけたってことはないですか?」
「ああん?馴染みのない顔だあ?」
「ええ。そう言う方を見かけませんでした。」
尋ねる言葉に男は腕を組むと顔を傾げて、何かを思い出そうとしているのか、ちょっとばかりに考えるような顔を見せた後、ふっと
「馴染みがないっていや、あんたらだわな。」
「そりゃそうでしょうけどね。」
多少なりに呆れた顔を男に向かって返した後、歯ごたえの良いこんにゃくを口の中で噛んでしまいながら、
「だって、馴染みのない顔なんて言われてもよ。そうそう出てこねえよ?何の用何だい?」
「いや……とある男の人を探しているんですけどね。風の伝えに聞いた話では、その男が最近、名古屋へと来たらしいっていうんですよ。」
「ほお、男探しか。いったいどんな顔してんだい?」
「目つきは鋭くて、顔と言うか顎が幾分細いですねえ。ただ何よりの特徴としては
「拳一つ分かははあ、そいつは随分と細いねえ。」
細い
「ちょいと記憶にねえな。そんな奴は。」
「さいですか。」
最後の一欠けになったこんにゃくを口の中へと放りこんでしまいながら、
まあいいやと、
「じゃあ、お兄さんみたいに、よく往来の人を眺めているような方をしりませんか?」
「はあ?なんだい、いきなり妙なことを聞いてくるねえ。」
「まあ、人探しの一環ですよ。いきなり本人を探すよりは、人を良く眺めてる人から探した方が、見つかったりするんです。」
「ははあ、なるほどねえ。そういうもんか。いや、そうさなあ~……。」
と、言いかけて、男はふと思いついたように
「それは分かったが、じゃあ、こちらからも聞きたいことがあるんだけどよ?」
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