73.結城と石動七
「まあ、これはこれで、美味しいのではないでしょうかね。これは、はんぺんではありませんが。」
多少なりとも満足そうな
そのまま
「お兄さんは、いつもここで売ってらっしゃるんですか?」
不意に問われて多少なりに驚いた顔を見せながらも、男は素直に頷いて返事をする。
「ええ、まあね。近く井戸があって水を使うのに便利だしな。ここなら往来の人にも目に留まるし、売ってて誰かに文句言われることもないですしね。」
「なるほど。」
口の中でかみ砕いたこんにゃくの欠片を飲み込むと、
「今日は随分と良い天気で。」
余りの日差しの強さに、僅かばかり額に掻いた汗を指先でちょいとぬぐいながら、ぽつりと
「こうも日が良いときには、やっぱり食べにくる客も多くなったりするんでしょう?」
「いやあ、雨が降ってる時と比べりゃ、そりゃ客も来ますがね。こうも日が良すぎると、そうでもないんでさ。」
「そうなんですか?」
「ええ、こうも陽射しが強いと、みんな熱いのを嫌がるのか、さっぱりしたものを食べに行きまして、自分が売る様な
「そんなもんですか。」
呑気に感心したような口調で応じながら、
「これだけ美味しければ、熱かろうが食べに来ようって気になりそうですがね。」
「確かに。これだけ美味しければ、充分でしょうに。」
ぽつりと言うと、
「あ、食べ終わりましたか……?」
「いえ、おかわりを。」
しれっとした顔をして、
「
「え、あ……へい。わかりやした。」
多少とどぎまぎとした調子で、男は
「いやあ、食べてくれたら嬉しいとは言いましたがね。それにしても、よう食べやすなあ。」
「美味しうございましたからねえ。約束したとおりですよ。」
「はは。そりゃ、ありがたい言葉だけどねえ。こうも食べる人は、そうもいやせんぜ。」
軽い調子で言いながら、箱の中へと鉄箸を突っ込んだ男は、中から
「いや、その厚揚げじゃなくて、二つ隣のが良いですがねえ。」
男が端に取ろうとしていたのは、中程度の大きさの厚揚げだったが、それではなく泳いでる具材の中でも一番大きいのを入れろと、
「あんた贅沢を言うねえ。大体そうも食べられるのかい?」
「大丈夫ですよ。いいですから、そっちの大きい方をくださいな。」
「はいはい。承知いたしやした。」
ひょいひょいっと大きめの具を選んで椀の中へと入れていくと、男はほいっと声を上げて、
余りの食べる勢いの速さに、
「何とも食べっぷりの良い御仁ですなあ。こうも食べる人は中々見ませんぜ。」
感心した口調で言う男の言葉に、
「あの方は、食べない時は全然食べないのですが、食べる時は一気に食べてしまうんですよ。とは言ってもこれは私も食べすぎだとは思うんですけれどね……。っと、それで何の話をしていたところでしたっけ?」
「ええっと、確か、こう晴れた日には
「そうそう。そうでしたねえ。じゃあ、お兄さんは、最近なんかは暇ってことですか?」
ずばりと言われてしまって、男は渋そうに顔を顰めさせると、はあっと溜息をついて肩を撫で下ろす。
自分で言ったことでもあるし、指摘した
それでも、事実は事実であり、実際に暇なのだから仕方ないとでもいうように頭を掻いて頷いた。
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