72.結城と石動六
「女ですと、何か都合でも悪いので?」
「いやさね、身なりからして男かと勘違いしてたから、いっぱい食ってくれるかと思いやしてねえ。」
「美味しければ、幾らでも食べますよ。」
「はは、まあ、味は食べてからのお楽しみってことで。」
言いながら男は左手側にあった箱の
椀を手に抱えながら、もう一つの箱を開くと、途端にふわりと濃ゆい赤味噌の香りが周囲に漂い出す。
右手側の箱には、小さな鉄製の箱が備えられていて、それが更に仕切りで幾つもの区画に分かれていた。鉄製の箱の中には赤茶黒い液体が満ちていて、僅かに卵や豆腐と言った具材が浮かび頭を見せている様子から、それが
男の抱えた椀の中に、見事に茶色く染まった食材が盛られて、最後に器の端にべっと味噌が塗りくられると、木製の箸とともに、ひょいっと二人の目の前へと差し出された。
「へいおまち。合わせて三十文ってとこだね。」
白く湯気を立ち上らせた田楽だねは随分と味が染みて見えて、
傍らで同じように男から椀を受け取りながら、
「どうかしましたか。
声を掛けてみると、彼女は不意と顔を上げるや、僅かに頭を掻いてすっと椀の中へと指をさして見せる。
「ああ、いえ……
どこか戸惑ったように言う
「へい、はんぺん。ちゃんと入れておりますね。」
器の中を覗き込んで中身を確認すると、男はどこかほっとした調子で魚の擦り身揚げへと指をさしてみせた。
「貴方様。これがはんぺんですか?はんぺんですよ。はんぺん。はんぺんと言うのは白くてふわふわとしているものでしょう?これのどこがはんぺんだというのです?」
「へ?いや、しかし……。」
まるで詰問されるかの様に
「
引かれていることに気が付いたのか、ずいっと問い詰めるように乗り出させていた体を僅かに引き留めて、
「なんでしょうか?
「
「はあ?」
訝しんだ表情を浮かべながら、
「私にははんぺんとは似ても似つかぬものに見えますが……。」
「
「そうですよ。それです。それがはんぺんと言うものです。」
したりと言った具合に頷く
「いやあ、何と言いますか。名古屋
「では、私の知っているはんぺんは。」
「名古屋にはありませんね。はんぺんと言ったら、その魚の擦り身を揚げたものが出てくるのですよ。」
そう言われて、
「そうですか。では、私の食べたかったはんぺんは……。」
「無いです。」
「そうにございますか……。」
余程に白い方のはんぺんが食べたかったのだろうか、どこか
「まあ、そのはんぺんも食べてみてくださいよ。それも美味しいものですよ。」
「そうですか?」
「そうです。」
言いながら、
ひょいっと口の中へ放りこむと、途端舌の上に、濃い味噌の味が広がってきて、噛みしめると直ぐにじゅわりと暖かい汁が滲み出てくる。湯気の立つほどに温かい豆腐の中から染み出してきた汁の熱さに、思わず
んくっと喉が鳴って、ほうっと
「中々に美味しいですね。」
その傍らでは、未だにはんぺんにむかって首を傾げていた
そうしてまた口先で、少しずつはんぺんの先へと噛みついていく。
少しずつ、少しずつはんぺんを齧っていく様子に、どこかリスのようだなと感じながら
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