63.酔いて六 - 闖入者一

 それは短い言葉だけではあったが、何を言いたいのかはふでにも理解できた。


「大丈夫です、大事なところに触れませんよ。安心してくださいな。」

 赤子に説くかのように穏やかに緩やかな口調でふでは言った。

 白く柔い太ももの狭間から、ふでが指をするりと抜くと、桔梗ききょうは思わず肌を震わして「あっ…」と小さな声を漏らした。


 そのままふで桔梗ききょうの太ももを足の付け根から膝へと向かって優しく撫でていく。

 なめらかな肌へと指先をすべらせると、さらさらと掌に心地よい感触が伝ってくる。

 何度も白い太ももの肌の上を撫ぜていきながら、もう片方の手では乳房の先端にある桜色をした円を指先でなぞっていく。

 僅かに固い感触が指先に伝わってきて、触れるたびに、その突起がぴくぴくと先端を振るわせていた。


「あぁっ……。」

 ぞくぞくっと背筋が跳ねてしまうのを桔梗ききょうは感じた。

 小さく口を開いて、唇の狭間からは厚ぼったい紅色の舌先が僅かに顔を出していた。


 それが桔梗ききょうの身の内に溢れている快楽を表しているのだと感じて、ふでは一層に肌へと触れる指先の動きを強めていく。

 目を閉じて肩を窄めて、桔梗ききょうは全身を撫でまわされていく感触へと神経を集中させていた。

 次第、お腹の奥がじんじんと熱くなっていき、中でたぽりたぽりと何か粘っこい滴が溢れていくような感覚に桔梗ききょうは襲われてしまう。


 肌を撫でられているだけなのにも関わらず、このまま意識が遠のいて、果ててしまいそうですらあった。


 快感に気を取られた桔梗ききょうは口元がうまく閉じられなくなって、だらしなく唇を垂らしてしまう。


 緩くなってしまった口端からはよだれが溢れ出て一筋の滴が垂れると粘っこく顎先へと伝っていく。


 酔いと快楽でぼんやりと惚けてしまっていく意識の中で、肌へと触れられる感触に身を震わせると、桔梗ききょうは切なく喉を鳴らしていた。


* * *


十七


「いやあ、良い湯だったな。」

 不意に。

 全くの不意に、男の声が響いてきて、唐突に部屋の戸が、がらりと音を立てて開かれた。戸の向こうから現れたのは、一人の背の低い男であった。頭はまげえないほどに禿げあがり、背丈に至っては桔梗ききょうよりもよほどに低く、五尺程もないのではないだろうかと思わせる程に小さかった。腰も曲がって歪な体躯をしたその男は、後ろ方に連れでもいるのか、廊下へと向かって下卑た笑みを浮かべたままに、戸を開いた勢いで部屋の中へと足を踏み入れてくる。


 そのまま小男は顔を振り向かせて中へと視線を向ける。

 窓の近くにいたふで桔梗ききょうとに視線がかちあい、男はぎょっと目を見開いた。


「おう?」

 と、小男は驚いた声を上げた。

 二人からしてみれば、驚きの声を上げたいのは自分達の方であったが、小男は目をぱちくりとして何とも素っ頓狂な顔を見せている。

 そうして、じろじろと、物珍しそうに二人の姿を眺めていた。


「あっ……。」

 そこではたと、桔梗ききょうは自分の衣服が乱れていることを思い出し、慌てて開きかけていた足を閉じると、はだけさせていた裾をやにわに両手で引っ張り上げて閉じた。


「む……?ふむ……。」

 一瞬は驚いた表情を見せていた小男だったが、二人の顔を見て直ぐにんまりと口角を上げる。


「おうっと……これは――」

 小男が何かを言いかけた瞬間、開いていた戸の向こうから、一本の腕が現れた。それは酷く腕毛の茂って熊のような太い腕であり、指先は随分とささくれ立って荒れていた。

 そうして伸びてきた腕は、小男の肩をむんずと掴んで、その服を思い切りに引っ張りあげる。


「おい、てめえ。部屋間違えてんじゃねえよ。俺たちのは、もう一つは向こうだ。」

 言いながら、すっと戸の向こうから現れてきたのは、幾分と腹の膨らんだまん丸とした体型の男であった。こちらは髪の毛こそもあったが、逆に全身が毛むくじゃらで、胸から髭から何までびっしりと毛で覆われている有様であった。腹が出ているせいなのか、先に表れた背を歪に屈めている小男に対して、こちらはまるで胸を張ったようにして歩いていて、全くの対照的な印象を見せている。

 肩を掴まれた小男は、振り返って太った男へと視線を向けながら、へへっと媚びたような笑みを浮かべた。


「いや、すまねえ。でも良いもん見つけたぜ。」

 小男はにたりと口角を上げると、部屋の中へと指をさした。

 むっと訝しんだ表情をして、太った男は小男の指の示す方向へと顔を向ける。その指の先には、窓辺に座る桔梗ききょうふで、つまりは女二人が部屋の中で戯れている姿があった。

 太った男は桔梗ききょうたちの姿を見つけた後、僅かに驚いた顔をして、すぐに下卑た笑みを浮かべた。


 くひっと気持ちの悪い音をさせて、太った男の喉が鳴った。

 それは酷く淫猥いんわいな笑みであった。小男も太った男も、だらしのなくいびつに顔を緩めては、まなじりを細めている。

 ふでからとってしてみれば、それだけで舌打ちしたくなるほどの気分の悪い表情に見えて、分かりやすく顔を顰めていた。

 ただ、そんなふでの態度も意に介すつもりがないのか、男たちはにやけた顔の皺を一層に深くして二人で頷き合っている。


「ありゃ、女か?一人は女だろうが、もう一人もだ。」

「女だ、女違いねえ。俺は間違えねえ。二人とも女だよ。」

「そうか、そりゃ良いや。俺ら男二人居るところに、女が二人見つかるなんてよ。まるであしらえたようじゃねえか。」

 太った男がそう言うと、小男も卑しい顔で頷いた。


「だろう?俺とお前で丁度良い。恐らくは部屋を間違えたのも何かの導きってもんだ。」

 何ともまあ随分と手前勝手な理屈をのたまっていることに苛立って、ふでは男たちを睨み付ける。

 すぐさまに二人へと向かって行って、蹴り上げて叩きだしてしまいたい気分ではあったが、今腕の中に抱えた桔梗ききょうを手放せば、窓の外に転げ落ちていってしまいそうで、手が離せずにふでは口だけを開く。


「貴方様がたね。さっさと部屋を出て行って、ご自分の部屋に戻ってはもらえませんでしょうか。部屋を間違えたことは分かっているのでしょう?」

 忌々しさをたっぷりと込めた口調で、ふではそう言ったが、男たちは怯みもせずに、むしろ愉しそうに笑みを深めていく。


「お嬢ちゃん。それはねえ。もう、そうともいかないんだよ。俺らが見つけちまったからには、遊んでもらわにゃ。」

 ひひっと小男は随分と嬉しそうに肩を上下させた。


 下卑げびた男が、より一層に下衆げすに見えてふでは思わずも目を反らしたくなる。

 視界の中に男が居るだけで気分が悪くなるが、この男たちはその中でも一等に気持ちが悪い。

 そう思えてしまった。


 太った男は舌先で唇を舐めながら、桔梗ききょうふでとを見比べると、ぽんっと小男の肩を叩いた。


「おい、てめえはどっちがいい?髪が短いのか、長いのか。」

「俺は胸のある方が良いな。黄色い着物を着た方だ。女ってのは体が柔らかい方が、触ってて気持ちが良いってもんだ。」


「どうかな。細身の方が、抱いていて折れそうな感触がよかねえかな。それに、奥の方のあんな緩い顔の女が、よがるのは見てて気分が良くなるしな。」

「てめえ随分と変態みてえなこと言いやがる。」


「女を抱こうって言うのに、変も糞もあるめえに。」

「まあ、そりゃそうだ。どっちにしろ、女の取り合いってことがねえなら、それで良い。」


「ああ丁度良いってもんだ。」


 自分勝手なことを二人で言いあった上げてくに、男たちは頷き合いながら、ずかずかと無遠慮に部屋の中へと足を踏み入れてきた。小男は桔梗ききょうへと向かって、太った男はふでへと向かって、二手から分かれるようにして歩いてくる。


「本当に何のつもりですか、貴方様方は……。聞いていれば随分と手前勝手なことをいけしゃあしゃあと宣って。痛い目を見る前に消えなさいな。」


 くくっと男たちは肩を揺らして、その言葉を嘲笑あざわらう。


「はは、痛い目にだってよ。女に何ができるっていうんだか。」

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