60.酔いて三
月が煌々と照っているがために、さほど細かい星屑こそ見えなかったが、それでも一面にぱっと広がる星影に、
そうして思いついたように彼女は口を開いた。
「私はねえ。
ぽつりと
言わんとする意味が分からずに
「金に……飽きる……ですか?」
「ええ。」
緩い口調で頷くと、
「金と言うのはですね。不思議なものですよ。」
「不思議……?」
「ええ。最初は生きるためにそれを欲していたはずなのですがね、ある一線を越えてしまいますと、その金と言うものが何故だか点数のようにしか思えなくなってくるのです。例えば囲碁で何目取ったか、将棋で駒を幾つ取ったか。そんなようなものです。」
「金をそんな遊び道具などと……。」
「そう感じていくものなのですよ。最初のうちは金を得るのも面白いのでしょう、点数と同じで取れるだけとってしまおうという心持になります。ですが、それを続けていくと手元に金だけが余るようになるのです。そうなってしまえばお終いなのですよ。
「いえ、想像もつきません……。」
「金が余るようになりますとね、金さえ積めばどうとでもなる勘違いした輩が、更に金を積んできて何でも言うことを聞かせようとして来るのですよ。醜悪なものです。そんなものを見ていると、最後には飽いて飽いて、金と言うものがどうにも鬱陶て嫌になってくるものでございますよ。」
語る
彼女にとって金と言うものは明日生きるに大切なものであり、遊戯の点数の様に言われるのは、全くに想像がつかなかった。
「何と言いますか……仏の教えや禅の言葉みたいに聞こえきますね。」
「仏や禅などと、そんな御大層なものではございませんよ。なに。簡単なことでございます。金は懐に収まる程度あれば充分。足りなくなってしまえば、他人からお足を頂けば良い……余分はいらない。その程度の話ですよ。」
そう言って、
それは道中に襲って来た男達から奪った金であった。
指先で軽く揺らして見せるとちゃりちゃりと中で銭や銀貨の擦れる音がして、
「そう言えば前の宿の代金も、斬った男の懐から出してましたね……。」
「ここの代金も結局はそう言う事ですよ。ただ過剰なのは入用にないと言うことです。」
ふふっと微笑みながら
「わざわざ金を奪いに誰かを襲ったりするわけではありませんがねえ。しかし
言いながら杯を唇へと傾けると、ゆっくりと酒を口内に注ぎ込みながら、
「ほら、
くいくいっと
言ってみると、軽く酔ってるのか座ったままにふわふわと体を揺らしていた
「今だとどんな頃合いなのですか?」
「ふむ?頃合いとは?」
「どんな星が見えるかとか。」
「なるほど。そうですねえ……今日は丁度、
「
言われて
飲んだのは二口程でしかなかったはずだが、それでも随分に酔っているのか、立ち上がった拍子に
「大丈夫ですか?」
心配して思わず
「ふふ、何言ってるんですか。大丈夫ですよ。そんな心配なさらないでください。ただ着物になれていないだけです。」
そんな言葉とは裏腹に、
「おっとと……。」
どこか緩い調子で姿勢を取り直そうと、足を延ばしたところで、着物の裾を踏んづけてしまい
「ひゃんっ!?」
素っ頓狂な声を上げながら、つんのめるようにして前と向かって倒れ込んだ
窓辺に座っていた
そのままの勢いで窓の外へと転がり落ちそうになった
その拍子に二人の体が
「
余りにも彼女が転んだのが唐突すぎて、
「す、すみませんっ。あれ、おかしいなあ……。」
「可笑しくありませんよ。
「えっと、私……酔っておりますか?」
「酔っておりますよ。」
呆れて
「ふわっ?」
からかい半分のつもりだったが、存外にその背中の曲線は柔らかくて、
「ひぅっ!」
びくりと
「
非難めいた声ではあったが、それはどれほも嫌そうには感じられず、むしろ余計に可愛らしくって、彼女の言葉も無視して、
「やはり、
「確か飲めたと思うのですが……。ひな祭りの時にも、飲んだ酒で酔ったりなんかしませんでしたし。」
「それは
「全く。
「そうですよ……。私は抜けております。
「くどいですね。連れていきますよ。もう無理やりにでも。」
その笑みだけで
緩く薄い雲の棚引く空には、横一面に長く細く、まるで無造作に
空の端から端までに伸びた、天の川はその明るさ故なのか、僅かに紫に染まったように煌めいてさえ見える。
目を細めて喜びながら、
ややもすれば、真っ逆さまに落ちてしまいそうなほどに、
ふわりと夜の涼しい風が二人の頬を撫でて、髪を揺らしながら
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