61.酔いて四

桔梗ききょうさん、危ないですよ。」

「あぁ……本当に綺麗ですね……。それともこれは、酔っているからそう見えるのでしょうか?」


 星空を眺め上げながら、桔梗ききょうは手に持っていたお猪口ちょこへと唇をつけると、くいっと傾けて、零れず中に残っていた酒を一口飲み込んだ。

 酒を飲み下した喉からは熱い吐息が溢れ出て、ほうっと小さな溜息の音が鳴る。


「確かに、綺麗な物を眺めながら、お酒を飲むと美味しいものなのですね……。」

 桔梗ききょうの頬は余計と赤くなり、星を見ようと伸ばした首筋にはうっすらと汗がにじみ、血色良く綺麗に朱へと染まり始めていた。


 それが余りにもなまめかしくて、ふでは微かに唇を結んだあと、ゆっくりと桔梗ききょうを抱き留めていた腕に力を籠めると、その体を自らの胸元へと引き寄せる。


 その行動は何かを意図していたのではなく、ただの衝動的な行為であった。


「えっと……筆殿ふでどの?」

 不意にくっと引っ張られた感触に気が付いて、ほろ酔い加減で頭の回わらない桔梗ききょうが虚ろなままに視線を向けると、その眼前にふでの顔が迫ってきていた。


 はっと桔梗ききょうが何をされているのか理解した時には、二人頬が触れあい、そのまま、まるで猫が甘えるようにふでの頭が桔梗ききょうの顔を擦り、首筋の肌と肌とが触れあって、柔く擦れあっていった。


 ただふでにしてとってみれば、目の前の女性が愛おしくて、体全体で触れてしまいたいという気持ちが溢れていただけであったが、桔梗ききょうは意味が分からずに戸惑ったまま、その行為を受け入れれていく。


 互いの汗が交じり合い、ねちょりとした音とともに、酷く熱い感触が桔梗ききょうの体に伝わってくる。


「あの、筆殿ふでどの……なにを……。」

 桔梗ききょうが尋ねる声も無視して、ふでは何も言わずに幾度も首筋を擦りつける。


 二人のするすると髪が絡みつき、肌が重なり合って、ふでは目を瞑って浅く呼吸を繰り返しながら、抱き留めていた腕をするりと、背中の筋へと撫でまわさせる。


 柔らかく滑らかな感触であった。


「あっ…んぅ……。」


 肌が擦れる感触に、桔梗ききょうは堪えきれずに肌を震わして小さな嬌声を漏らしてしてしまうと、途端にきゅうっと小さな肩が窄めさせ、切なそうに腰をくねくねと揺らせた。


桔梗ききょうさん。気持ち良いですか?」


 尋ねながらも、その答えを聞くつもりもないかの如くに、ふでは開いた口をそのまま桔梗ききょうの首元へと触れせて、その肌へと甘くたわやかに噛みついていく。


 彼女を一層に心地良くさせようとふでは尖った犬歯の先を肌へと押し込んで、微かな痛みと気持ち良さを桔梗ききょうの首筋へと走らせる。


「ふぁぅ……。」


 思わず桔梗ききょうは喉を鳴らしていた。

 指先に摘まんでいた猪口ちょこが掌から零れ落ちて、床へと跳ねて中に入っていたお酒が畳の上へと流れだす、その傍らで桔梗ききょうは目を閉じながら、ふるりと体を震わせてせると「あぅ……」と声を漏らして足先を跳ねさせる。


 首筋を弱々しく噛んだふでは、その口内へと含んだ、桔梗ききょうの肌へと舌先を這わせていく。

 汗をかいた首筋は熱くそして幾分か塩っぱく感じられて、僅かに口元を窄めさせていた。


 ぬるりとした感触が首筋へと走って、思わず桔梗ききょうは足を震わせると、膝の力がかくりと抜けてしまうのを感じた。


「あっ……。」

 不意に体がするりと床に向かって落ちそうになるのを、ふでが慌てて抱き留めていた腕に力を籠めるや、くっと胸元に引き寄せる。すると軽く噛んでいた部分が擦れてしまったのか、桔梗ききょうの首元に赤い筋が薄っすらと浮き立っていた。


 震える膝に力を籠めて、足元を踏みなおすと、桔梗ききょうは胸元からくいっと顎を上げてふでの顔を覗き込む。そんな桔梗ききょうの澄んだ鳶色の瞳は月影を受けて、大きな一つの光沢を湛えていた。


筆殿ふでどの。酔ったからと言って、押し倒さぬと約束したではありませんか……。」

 非難めいた口調で桔梗ききょうは言って顔を見上げるが、ふでは素知らぬように目を瞑って首を振るう。


「押し倒したりしておりませんよ。現に今は桔梗ききょうさんを抱き留めておりましょう?」

 くすりと笑ってそう言ったふでに、桔梗ききょうは思わずも「むう」っと小さく唸って、口を拗ねらさせる。


「それは卑怯と言うものではありませんか?」

「そうですねえ。確かにその通りでございますよ……。」

 自分の非を認めながらも、ふではそれでも指先を離そうとはせずに、ぎゅっと桔梗ききょうの体を抱きしめる。


 名残惜し気に潤んだ瞳を細めさせると、ふでは眉尻を下げながら再び一度だけ桔梗ききょうの首筋へと頭を擦りつける。

 そうして切なそうに声を漏らした。


桔梗ききょうさん……せめて、ねえ。桔梗ききょうさん。」

「何でしょうか?」


桔梗ききょうさん、押し倒したりは致しませぬから、せめて……貴女あなた様の肌を撫でるくらいは許していただけませんか?」


 懇願する口調で言ったふでの言葉に、桔梗ききょうは何故だか胸の奥がくっと締め付けられる気がして、抱きしめてくるその指先に思わず掌を重ねていた。


 ふいに顔を上げたふでに向かって、桔梗ききょうは指先が絡ませながら小さく笑みを零ぼす。

 温かい掌の感触が触れあって互いに知らずと喉の奥から小さな吐息が溢れていた。


 見つめてくるふでの瞳を見つめながら、ゆっくりと額をくっつけて、桔梗ききょうはどこか躊躇いがちながらも小さく頷く。


「あの、撫でるくらいでしたら……。」

「良いのですか?ありがとうございます……。」


 まるであやされた子供の様に嬉しそうな声を漏らしてふでは目を閉じて口元をくっと震わせた。

 そうして、すっと手を伸ばして桔梗ききょうの胸元へと手を触れると、着物のえりへと手を当てる。


「本当にいいのですね?」

 問うふでの言葉に、桔梗ききょうは何も言わずに頷いた。


 直ぐ様にするりとふでの指先が着物の狭間へと入り込むと、そのまま桔梗ききょうの縊れた腹部へと掌を触れさせた。


 しっとりとした桔梗ききょうの白い肌は触れた途端に吸い付くように指先へと纏わりつき、ふでが僅かに力を籠めると掌の形に綺麗に押し込まれていく。


 指と指との狭間で柔肉が膨らみを見せ、ふでの指を肌がふわりと包み込む。それは脂肪の柔らかさだけではなく、しなやかな筋肉からくる柔らかさでもあった。


 ふでがくっと力を押し籠めると、それだけでどこまでも沈み込みそうなほどに指先が埋まっていく。

 そのやわい感触にふでは思わず感じ入ってしまい、目をつむりながらほうっと溜息を漏らしていた。


桔梗ききょうさん。やはり貴女あなた様はやわらこうございますね……。」

「それってなんだか、太ってるって言われてるみたいに聞こえますけど。」


「いいえ、体躯が細くとも触れ心地の良いことがあるのですよ。華奢きゃしゃなのと痩せているのは違いますし、柔っこいのと太うているのは違います。桔梗ききょうさんのはしなやかなのですよ。」


 言いながらふでは掌を動かして、桔梗ききょうのお腹を撫でまわしていく。


 薄っすらと腹筋の浮いた肌を伝って、指先を横へと滑らせると、ふで桔梗ききょうの横腹へと掌を触れさせる。

 そのまま撓む指先でふで桔梗ききょうの横腹を何度も撫でる。


 その感触にぞわぞわと肌が浮き立って、桔梗ききょうは目を細めて体を捩らせてしまわせてしまう。


「そんなにしたら、くすぐったいですよ。」

「むずがる桔梗ききょうさんも可愛うございますよ。」


 指先をまげてふで桔梗ききょうの横腹をきゅうっと揉み上げる。


 一層に柔らかい感触が指先に触れて、ふではふっと口元を緩めると、一方で桔梗ききょうは余計にこそばゆそうに、もじもじと膝頭を擦らせていた。


「それは……撫でるだけって言ってませんでした?」


 多少文句を言う口調で桔梗ききょうが声を上げると、思わずのふでは揉ませていた指先の動きを止めた。


「ふふ……余りにも桔梗ききょうさんが柔らかいので、つい、ですね。」


 勿体なさげに言いながら脇腹から再び腹部へと掌を戻すと、さらさらとした滑らかな感触を楽しみながら、おもむろにふでは腹部の中心にある一つの窪みへと指先を触れさせる。


 縦に、僅かに細長く、浅いへその周囲を、すうっと一周撫でまわした。


 途端と、敏感に桔梗ききょうが反応して、切なげに小さく声を漏らしていた。

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