57.鉄銭五

「この槍は、持ち心地が見た目に合っていませんね。」

 軽く槍を持ち上げながらふでが言うと、その言葉に番頭は僅かばかりに眉毛を持ち上げた。


「ええ……実はこちら、折りたためるようになっておりまして。」

 ふでの握っている槍の柄へと、番頭が手を伸ばすと、その中ほどへ手を掛けて、手前に軽く引いて見せる。


 カツンッと軽い音が鳴ったかと思うと、途端に柄が四つへと分かれた。

 それは折り畳むことで、槍は脇差よりも短く竹筒程度の太さの束となっていく。


「こうすることで持ち運びしやすくしております。ま、普通の槍と比べますと頑丈さには劣りますが。」

「なるほど……中々に興味深いものですね。これをいただきましょうか。」


 にやりと口角を上げるとふでは顔を番頭へと向けて、さらにもう一言付け加えた。

「あとは、投げる物も。」


 その言葉に頷いて、番頭は近くにあった棚から、ひのきで出来た一つの箱を取り出して机の上へと置いた。


 綺麗に四角く縁どられたひのき箱の蓋を取ると、中には掌ほどの長さをした短い刃物が並べられていた。丁度、一握りの柄に、人差し指程度の長さの片刃がついており、僅かに切っ先が反りかえって丁寧に頭を揃えられていた。


 鍔はないために、握りしめて刺すのには全く向いておらず、それは兎角に投げるためだけの刃物の用であった。


 箱の中で綿毛の中に埋められていたその刃物を、順々に取り出して、番頭は机の上へと並べていく。一つ一つの刃物をじっくりと見つめていくと、ふではそのうち何本かを選り分けた。


「一つ投げてみても?」

 ふでが尋ねてみると番頭は目で頷いた。

「どうぞ。」


 途端、ふでは置いてある刃物を一つ手に取ると、素早く手を横へと振り払った。


ひゅっ――

 と、風を切る音を鳴らして、刃が虚空を滑った。


 刃先は鋭い勢いのままに、桔梗ききょうの顔の直ぐ傍らを通り抜ける。


「ひぇ!?」

 びくんっと体を揺らし、目を大きく開けて桔梗ききょうは思わず素っ頓狂な声を上げた。


 カッと軽い音がして、桔梗ききょうの後ろ、武器の掛けられた刃の狭間、壁の木目へと刃物の先が突き刺さる。


 咄嗟に桔梗ききょうが振り返ると、突き刺さった刃物の先端には一匹のあぶが体を貫かれ、壁板へと貼り付けになっていた。ぶぶぶっと僅かに羽音を鳴らしたかと思うと、すぐにあぶは動かなくなってしまう。


 恐怖で髪をふわっと逆立たせながら、肩を竦めた桔梗ききょうはぷるぷると震えて、涙目になりながらふでへと非難めいた視線を向ける。


「ふ、筆殿ふでどのぉ……な、なにするんですかぁ……。」

「いえ、ちょっと毒虫が居ましてね。」


「これはこれは、虫が入ってきていたのは、店の不手際ですね。失礼いたしました。」

 何ともわざとらしく番頭が頭を下げる。


「いえ、お気になさらずに。この刃物の扱いは良く分かりました。これをいただきましょう。」

「喜んで。」


「あと一つは、服を用意して頂ければ、言う所はありません。」

 ふでが言うと、番頭は慇懃いんぎんな態度の中に、どこか目線を鋭く煌めかせる。


「それは私共の得意分野でございます。」

 にやりと口角を上げると、番頭は棚の中に重ねられていた布を一枚取り出した。


 机の上にぱさりと置いた布を番頭が広げて見せると、それは灰色の地をした一枚の長い布であった。糊が効いているのか、先ほどまで折りたたまれていたはずにも拘らず、その布地には一切の折り目がなくなっていた。


 丁寧な手つきで広げた布を番頭は、再び手に取るとそれをそのまま近くにある小袖掛けへと吊り掛ける。


「こちらは――」

 どこか勿体ぶった口調で番頭は口を開いた。

「縦糸と横糸との何本かに一本、鉄の糸を混じらせて織り込んだ布にございます。鎖帷子よりは軽く、そして多少の刃物傷を防ぐことが出来ます。」


 言いながら番頭は、近くにある刀を一本手に取って、ふでへと差し出した。

 ふでがその刀を受け取ると、番頭は小さく頷く。


「良いのですか?」

「ご存分に。」


 番頭がそう口にした途端、ふでは思い切りに刀を抜き去って手首を翻すや、やにわに布へと斬りつけた。


ぎいっ――

 と鈍い音が室内に響く。


 刀の切っ先は僅かに布へと入り込んでいたが、両断できずに、薄皮一枚斬ったと言ったところで止まっていた。


「ほぉう……これは良くできておりますね。」

 ふでの言葉に軽く目を伏せると、番頭は棚へと振り返り、その中から無地の布を二枚重ねて取り出してくる。


 そのまま番頭は机の上へと、恭しく布地を大きく広げていった。


「こちら長着と袴とを用意しております。」


 番頭の広げたその布はそのまま着れるような、既に衣服の形へと仕立てらた状態で机の上へと並べられる。よほど丁寧に染め上げた糸を使っているのだろう、長着は深い紺色に、袴は淡い灰色の地に、全くのムラもなく綺麗な色合いを呈していた。


 並べられた服を眺めて、ふむっとふでは頷いて見せる。


 ただ、二人の様子を傍らで見ていた桔梗ききょうは、どうしても気になってしまい口を挟んだ。


「あの……これって、もう着物になっちゃってますけど、丈は合ってるんですか?」

 普通、衣服と言うものは、着る者の袖丈を測りとってから、それに合わせて反物を切って着物の形へと仕立てあげていくものだった。


 適当な袖丈で作られた既製服と言うものがあるが、どうしたっても袖丈の短い寸詰まりの着物になってしまったり、あるいは長すぎる袖を引きずりながら歩くような羽目にまでなってしまうこともある。


 今来たばかりのふでに、その服の袖丈そでたけがあっているとは思えなかった。

 その疑問に番頭は涼しい顔をして頷いて見せる。


「確かに私共の店は既に縫われた服を売る店ですが。これは特別製で、たけも胴回りも何もかも、丁度となっています。」


「えっ……?初めてこの店に来たのに、丁度なんてことはないと思いますが……。以前にどこかで採寸でもされたんですか?」

 落ち着き払った表情で番頭は首を振った。


「いいえ。採寸はいただいておりません。ただ――」

「ただ?」


「有名な方の寸法は、万事取り揃えておりますので。丈を誤っていることなど、あり得ませんよ。」

 深い皺交じりのまぶたを少しも動かさず番頭は、視線だけでちらりとふでへと目をやった。


 この店に足を踏み入れてから名前も何も伝えていないはずにも関わらず、番頭はふでのことを知っているような口ぶりで返答をする。

 その言葉に、ふではふふふっと軽く微笑みを浮かべると、小さく首を傾げて見せた。


「有名な方などと、困りますねえ。一体誰と勘違いされていらっしゃるのやら……。ふふ。」

「おや……?いえ、これは失礼いたしました。何でもありません。」


 あまりにもわざとらしいふでの言葉にも、番頭は微かに笑みを返して恭しく頭を下げてみせた。


 口ばかりにふでは誤魔化しているが、やはり家老の老人が言っていた通りに、その界隈では有名な人間であり、そうして知る者にとっては分かりやすいなりをしているのだろう。


 ただふでが何も言わぬ以上、桔梗ききょうもそのことについて口を挟むのはやめて、話題を変えることにした。


「あの、それで……。これ全部の代金っていくらぐらいになるんですか?」


 正味の話をすれば、刀の他にも槍だの特別製の服だの出てきたところで、桔梗ききょうにとっては余り関係のないことだった、それよりも何よりも彼女にとって一番に心配であったのは、その良し悪しよりも代金であった。


 家老の成瀬からは文を届けた分の報酬をもらってはいたが、とてもではないが今まで出されてきた武器を買うに足りるような額ではないように思えていた。


 だから正直、良いものが出てくるたびに、少しずつ桔梗ききょうの顔は強張っていったほどだった。


 そんな桔梗ききょうの心配も無にするように、番頭は首を振る。


「御代に関して言えば、もういただいております。」


 言いながら、番頭は裾の中へと手を突っ込むと、すっと鉄銭を差し出してみせた。店へ来た時に、ふでが差し出したあの鉄銭であった。


「それって、そんな高価なものなんですか?小判と言うわけでもありませんよね、ただの小さな鉄銭にしか見えませんが……。」


「確かに、こちらはただの鉄です。しかし刻ざまれている印章に意味がありまして。」


 番頭が掌に載せて差し出してきた鉄銭を眺めてみると「上」に「少」がくっついたような、「歩」に似た文字が刻まれているのが分かる。


 成瀬の家でも見かけたが、それがどんな意味を持つのか桔梗ききょうには皆目見当がつかなかった。


「えっと……これが?」


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