57.鉄銭五
「この槍は、持ち心地が見た目に合っていませんね。」
軽く槍を持ち上げながら
「ええ……実はこちら、折りたためるようになっておりまして。」
カツンッと軽い音が鳴ったかと思うと、途端に柄が四つへと分かれた。
それは折り畳むことで、槍は脇差よりも短く竹筒程度の太さの束となっていく。
「こうすることで持ち運びしやすくしております。ま、普通の槍と比べますと頑丈さには劣りますが。」
「なるほど……中々に興味深いものですね。これをいただきましょうか。」
にやりと口角を上げると
「あとは、投げる物も。」
その言葉に頷いて、番頭は近くにあった棚から、
綺麗に四角く縁どられた
鍔はないために、握りしめて刺すのには全く向いておらず、それは兎角に投げるためだけの刃物の用であった。
箱の中で綿毛の中に埋められていたその刃物を、順々に取り出して、番頭は机の上へと並べていく。一つ一つの刃物をじっくりと見つめていくと、
「一つ投げてみても?」
「どうぞ。」
途端、
ひゅっ――
と、風を切る音を鳴らして、刃が虚空を滑った。
刃先は鋭い勢いのままに、
「ひぇ!?」
びくんっと体を揺らし、目を大きく開けて
カッと軽い音がして、
咄嗟に
恐怖で髪をふわっと逆立たせながら、肩を竦めた
「ふ、
「いえ、ちょっと毒虫が居ましてね。」
「これはこれは、虫が入ってきていたのは、店の不手際ですね。失礼いたしました。」
何ともわざとらしく番頭が頭を下げる。
「いえ、お気になさらずに。この刃物の扱いは良く分かりました。これをいただきましょう。」
「喜んで。」
「あと一つは、服を用意して頂ければ、言う所はありません。」
「それは私共の得意分野でございます。」
にやりと口角を上げると、番頭は棚の中に重ねられていた布を一枚取り出した。
机の上にぱさりと置いた布を番頭が広げて見せると、それは灰色の地をした一枚の長い布であった。糊が効いているのか、先ほどまで折りたたまれていたはずにも拘らず、その布地には一切の折り目がなくなっていた。
丁寧な手つきで広げた布を番頭は、再び手に取るとそれをそのまま近くにある小袖掛けへと吊り掛ける。
「こちらは――」
どこか勿体ぶった口調で番頭は口を開いた。
「縦糸と横糸との何本かに一本、鉄の糸を混じらせて織り込んだ布にございます。鎖帷子よりは軽く、そして多少の刃物傷を防ぐことが出来ます。」
言いながら番頭は、近くにある刀を一本手に取って、
「良いのですか?」
「ご存分に。」
番頭がそう口にした途端、
ぎいっ――
と鈍い音が室内に響く。
刀の切っ先は僅かに布へと入り込んでいたが、両断できずに、薄皮一枚斬ったと言ったところで止まっていた。
「ほぉう……これは良くできておりますね。」
そのまま番頭は机の上へと、恭しく布地を大きく広げていった。
「こちら長着と袴とを用意しております。」
番頭の広げたその布はそのまま着れるような、既に衣服の形へと仕立てらた状態で机の上へと並べられる。よほど丁寧に染め上げた糸を使っているのだろう、長着は深い紺色に、袴は淡い灰色の地に、全くのムラもなく綺麗な色合いを呈していた。
並べられた服を眺めて、ふむっと
ただ、二人の様子を傍らで見ていた
「あの……これって、もう着物になっちゃってますけど、丈は合ってるんですか?」
普通、衣服と言うものは、着る者の袖丈を測りとってから、それに合わせて反物を切って着物の形へと仕立てあげていくものだった。
適当な袖丈で作られた既製服と言うものがあるが、どうしたっても袖丈の短い寸詰まりの着物になってしまったり、あるいは長すぎる袖を引きずりながら歩くような羽目にまでなってしまうこともある。
今来たばかりの
その疑問に番頭は涼しい顔をして頷いて見せる。
「確かに私共の店は既に縫われた服を売る店ですが。これは特別製で、
「えっ……?初めてこの店に来たのに、丁度なんてことはないと思いますが……。以前にどこかで採寸でもされたんですか?」
落ち着き払った表情で番頭は首を振った。
「いいえ。採寸はいただいておりません。ただ――」
「ただ?」
「有名な方の寸法は、万事取り揃えておりますので。丈を誤っていることなど、あり得ませんよ。」
深い皺交じりの
この店に足を踏み入れてから名前も何も伝えていないはずにも関わらず、番頭は
その言葉に、
「有名な方などと、困りますねえ。一体誰と勘違いされていらっしゃるのやら……。ふふ。」
「おや……?いえ、これは失礼いたしました。何でもありません。」
あまりにもわざとらしい
口ばかりに
ただ
「あの、それで……。これ全部の代金っていくらぐらいになるんですか?」
正味の話をすれば、刀の他にも槍だの特別製の服だの出てきたところで、
家老の成瀬からは文を届けた分の報酬をもらってはいたが、とてもではないが今まで出されてきた武器を買うに足りるような額ではないように思えていた。
だから正直、良いものが出てくるたびに、少しずつ
そんな
「御代に関して言えば、もういただいております。」
言いながら、番頭は裾の中へと手を突っ込むと、すっと鉄銭を差し出してみせた。店へ来た時に、
「それって、そんな高価なものなんですか?小判と言うわけでもありませんよね、ただの小さな鉄銭にしか見えませんが……。」
「確かに、こちらはただの鉄です。しかし刻ざまれている印章に意味がありまして。」
番頭が掌に載せて差し出してきた鉄銭を眺めてみると「上」に「少」がくっついたような、「歩」に似た文字が刻まれているのが分かる。
成瀬の家でも見かけたが、それがどんな意味を持つのか
「えっと……これが?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます