33.子守歌三 - 剣と華と一
微かに身を屈めたのか
その表情は余りにも穏やかで、じっと見つめてくる
ぱちりとした円らな瞳で
「
「そんなことを言って、それで襲われたらどうするつもりです?」
「その時には慌てて
くすりと
本当の気持ちを言えば心底に怖いのだろう、焚火の
正直な話、彼女では誰かが襲ってきたことを悟る前に、あっさりと首を斬られて死んでしまうのだろうと思えてしまったが、それは口にしないことにして
「私は寝ずとも大丈夫なんですがね……。」
「そう言わずに。休まれてくださいよ。」
強いて優しくしたような口調で言いながら、
「これは?」
「こうすると寝付きやすくなるんですよ。里で赤子の世話を任されたときに、そう教えられました。」
「私は赤子ですか?」
多少混ぜっ返すつもりで尋ねてみたが、
「
頭に触れさせた掌で髪をするすると何度も撫でていくと、ゆっくりと
――
おしろい
ようよう
ゆるゆると間延びしながら奇妙な抑揚の効いたその歌声は、高く、淡く、そして透き通っていた。
パチパチと火の粉を舞わす焚火の音が
年頃の女が乙女心を芽吹かせるや化粧をして歩き回り、それを村の男がこぞって眺めに来る、言葉を聞くに、そんな内容であることは分かったが、今までに耳にしたこともない
それでも、穏やかで澄んだ
そのまま続けて、
――
続けて口遊んでいく
「それは一体何の歌ですか?初めて聞きましたが。」
聞くうちに多少の興味をもってきて
「すみません下手な歌を……。寝るのを邪魔してしまいましたか?」
「いえ、下手などではありませんよ。ただ、何の歌か聞きたかっただけなのですが。」
「あ……
「そうですか子守歌ですか……。」
もう大の大人である自分に髪を撫でて子守歌を歌ってくる
「迷惑でしたらやめましょうか?」
「いいえ、歌ってください。
見上げていた目をはたりと閉じて
焚火の灯る森の闇の中へと、
どうにもこうにも
そうやって、しばらく歌を聞き続けていているうちに、徐々に彼女の声が途切れ途切れとなっていくのを感じる。
ふと目を開けてみると、
「なんともまあ、また、器用に寝るものですね。」
多少呆れながら、眠るギリギリまで子守歌を口ずさみ続けていた彼女の顔を、僅かばかり感心する心持で
広がる星空を背にしてうつらうつらと揺れる顔は妙に
「おや……どうしてでしょう……。」
なぜ自分の目から涙なんぞが溢れてくるのか理解できずに、ぐずり鼻を一つ鳴らすと、
寝転んだままに、彼女の頬へと掌を触れてさらりと撫でながら目を細めた。
可愛らしく眠る
このまましばらくは、こうしているのも良いか。
そう感じて、
* * *
十一
旅の三日目ともなると言うべきか、その日は
真上に見える中天に薄っすらと夜の影がまだ残るころ、はたと瞼を開いた
自分の近くに
「あの……もしかして……私、先に寝ちゃいましたでしょうか?」
「寝ちゃっていましたねえ。」
からりと筆が言ってしまうと、
「うあう……。」
と、変な声を上げた後に
「申し訳ないです。その自分で言い出しておいて、先に寝るなんて……。」
段々と小さくなっていく声で呟いて、俯きながら
ただそれも、
「構いませんよ。最初から私は大丈夫だと言ったんですから、気にしません。」
「しかし、私から言っておいてこの体たらくは流石に……。うう……。」
言い出しておいて先に寝てしまったのが余程自分で情けないのか、自分の顔を両手で抑えながら頬を真っ赤にして項垂れている。
そんな態度を他所にして、くっと腕を宙に掲げて背を伸ばすと、
「
「あ、いやっ、それは、そのう……本当に、全く返す言葉がないです……。」
流石にムッとして言い返してくるかと思いきや、彼女は一層に肩身を狭くして恐縮してしまっていた。
多少言いすぎてしまったかなと思いながら、気まずさを振り払うつもり
「まあ、旅の行程もあと少しですからね。さっさと出発してしまいましょう。立てますか?」
尋ねてみると、
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