32.子守歌二
その日も
火花が火種となり、小さな火の揺らめきが炎となっていき、周囲が明るくなるにつれて
「今日は途中に民家があって良かったですね。食べ物も分けていただけましたし。」
言いながら懐の中から
「ここら辺に丁度宿でも立っていれば尚のこと良かったでしょうけれど。」
「それは望みすぎと言うものじゃないですか。」
「まあ、そうでございますがね。」
干物の片割れを受け取ると、
すぐに干物に残った魚の脂が融け始めて、枝の先を伝っていくとパチパチと焚火の中へと滴って
「あ、火で炙ってしまうのは良いですね。美味しそうです。」
煙の臭いに誘われて
橙色の炎に照らされて、水分を失ったはずの魚の干物も随分と彩りが良く見えてくる。すぐにぷすぷすと音を立てて、軽く魚の身が皮を弾けさせると、周囲に魚の焼ける良い匂いが漂ってきた。
ほんの僅かな
「はぁ、美味しそうですねー……。」
「お腹が空けば何でも美味しそうに見えるものでしょう。昨日も何一つ口に入れていませんからねえ。」
「いえ、そんなのとは関係なしに絶対にこれは美味しいですよ。」
どこか確信めいた言葉で頷いて、
見守っているからと言って魚が早く焼ける道理はないのだが、彼女は真剣なまなざしで、じいっと魚を見つめている。
その向かい側で
親指大の塊の一つを選び取って、その先端を歯で噛み折ってみるとパキっと小気味の良い音が周囲に響いた。口中へと含んで噛んでいくと、乾燥した米粒がパリパリと軽快に割れて妙な歯ごたえを感じさせる。
「私はこの干し
「そうですか?食べごたえがあって良いじゃないですか。私は好きですよ。」
目の前で、
目を細めると彼女は妙に嬉しそうに何度も何度も咀嚼している。
柔らかくなったそれを歯で磨り潰していくと、口の中に仄かに甘みが広がっていく。そうして、すっと鼻から息を吸い込んでみると、微かにねっとりとした
それを
「ま、こう言うのも悪くはありませんかねぇ……。」
「そうでしょう、そうでしょう?」
得意げに
美味しそうに干し飯を食べている
そろそろ温まっただろうかと、
皮に焦げ目の付いた背の部分へと噛みついてみると、ジワリと肉汁が溢れ出てきて、旨みのある脂が口の中を潤していく。ぎゅっと歯の先で身をこそぎ落とすと、そのまま口の中で何度も噛みしめていった。
干して身の締まった干物は、それだけで旨みが凝縮していて咀嚼するごとに強い肉の味が舌の表面へと広がっていった。一つ飲み込むと、もう後は頭から、がっと噛みついて、骨があるのも構わずに口に含むとバリバリと思い切りに噛み砕いて、頭から尻尾まで一気に食べきってしまう。
最後に枝へ僅かだけ残った身を歯の先で食み取ると、唇についた魚の脂を指先で拭ってぺろりと舐めとる。その僅かな滴だけでも充分に口の中へと旨みが広がってくる程に、魚の身には旨味が凝縮していた。
ふはっと、食べきった勢いで、思わず
焚火の向こうでは
「何とも美味しそうに食べるものですね。」
多少感心しながら
「だって美味しいですから、美味しくないですか?」
「美味しいですがね。ふふ、
「ええ、実は食いしん坊なんです。」
くすりと笑って
そうして
「ああ、もう食べ終えてしまいました……。」
枝の先に残った骨を軽く噛みながら、
昨日も、いや、もしかすれば一昨日からそうなのかもしれないが、ずっと何も食べていなかったのだから、この程度の食事では全くをもって物足りないのだろう。
食べた直後だと言うのに
それが多少なりに恥ずかしかったのか、お腹を撫でていた手をぴたりと止めて、
「街につくまでは殆ど食べれませんでしょうね。あと少し辛抱なさいまし。」
「あの……
尋ねられ
「さて、空いてはいるのでしょうが。集中してるときは大して気になりませんね。食べる時には食べますが、今は差し当たって魚の半尾で充分でございます。」
「集中ですか……やはり今も気を張ってらっしゃるんですね……。」
「そう大した事しているわけでもありませんよ。」
「でも、私が寝入る時も起きた時もいつも
「大丈夫ですよ。充分に寝ておりますから。」
「本当ですか?」
「本当ですよ。」
それでも訝し気に
ふむっと一度
そうして
「
「……はて……何をしようとするおつもりですか?」
「ちょっとで良いですから……そのぉ、来てもらえませんか?」
一体何をしようというのか、彼女の意図が読めずに
ゆっくりと傾いた体が
倒れ込んだ
「
太ももの上に載せられた顔を軽く回して、
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