34.剣と華と二
「はい、今日もよろしくお願いします。」
そう、にこやかに言った
「わっ……とと。」
胸元に抱き着いてくる
一方で、
「す、すみません。急にぶつかってしまって。」
「いや、構いませんよ。それより
そっと
「えっと、多分、足は大丈夫です。」
名残惜しく思いながら腰から手を離すと、すっと
くすぐったそうに身を捩らせた
恐らくは今日が終われば、この少女と一緒にいる時間も終わるだろう、それが喜ばしいのか悲しいのか
とはいえ、どちらにしろ終わりは来るものだと、考えを振り払うつもりで彼女は首を振る。
「あの
そんな態度に疑問を感じたのか、
その顔に
「何でもありませんよ。さあ、出発しましょうか。」
そう言って
そのまま足が動くのに任せて、二人は道なりを進んでいった。
駆けに駆けて、太陽が空の天辺へと登り切るころ、ようやく二人は名古屋の城下町へと辿りついていていた。
家の閑散として立ち並ぶ外れから街へと入り込み、そうして二人は往来へと足を踏み入れる。
そこには幾つもの大きな屋敷を構えた商店が立ち並び、道々にはここへと来るまでの道のりで殆ど人と出会わなかったことが嘘のように、なんとも多くの人が行きかっていた。
飲食店が幾つか近くにあるのか、出汁を煮出している匂いやら、魚を焼く匂いやら、どうにも旨そうな香りが周囲に漂っていて、それが入り混じって一層に奇妙で雑多な雰囲気を醸し出していた。
並ぶ建物はどれも煌びやかに飾り立てていてて、往来を歩く人の着物は種々色とりどりなものを羽織り、道から眺めているだけでも酷く華やいで見える。いささかその色やら要素やらの余りの混在さに、
「これが名古屋ですか。なんともまあ、華やかなものなのですね。」
目の前に広がる何とも騒々しい町の様子を眺めながら、
傍らでは同じように町の景色へと視線を向けながらも、
「
問われて、
「ええ、ええ。初めてですよ。こんな場所は。来るのも見るのも。」
「そうなんですか。だとすると、ちょっと
「いやはや、何ともまあ、華やかで楽し気な国にございますねえ。」
随分と
ただ、それが皮肉と気が付いていないのか、
「そうなんですよ。楽しいところなんです。」
一瞬、きょとんとした後に、
「そうでございますか。楽しみですね。」
「まあ、ここまで来れば目的の場所までは殆どついたようなものですから、ゆっくり歩きましょうか。」
「そうですね。こんな人目に憚る場所で襲ってくる輩もいないことでしょうし。」
そう二人で頷き合うと、雑多で騒がしく、人のごった返した往来の中へと入っていく。
道を行き交う人々は、人それぞれに表情は、気楽そうであったり、落ち込んでいたり、無気力であったりと、あまりにも多種多様であったが、誰も彼もがのんびりとしたもので、時折小走りに駆けていく
その人の流れに乗って、二人も連れ添うと建物の間の幅広い道を進んでいった。
進むにつれて町並みは一層派手になっていき、玄関に角を生やした大きな看板を立てた店があるかと思えば、金糸と銀糸とで屋号を刺繍した幕を垂れ下げているような店もあり、確かに
店から聞こえてくる客引きの声やら、道を行き交う人の足音、連れ合って歩く人々の話し声ががやがやとした雑音として響いて、周囲を一層に賑やかに感じさせる。
そうして往来を歩いていくと、ふと、往来の途中で一層に賑やかに騒いでいる人だかりが出来ているのが見えた。
何かを中心にして、群衆が円のようにして集まっていた。
ひょいっと背を伸ばすと、掌で目の上に日傘を作って
「おや、なんでしょうか。人が集まっているようですが。」
「はて、なにか見世物でもしてるんでしょうかね。」
二人並んで人波の動きに合わせて進んでいってみると、吸い込まれるようにして、その群衆の場所まですぐに辿りついた。
「ちょいと、そこらの人に何しているか聴いてみましょうか。」
あまりにも騒々しく賑やかに人々が集まっているのに、何となく興味の惹かれた
「あのう……これでも急いでるんですけれど。」
「まあまあ、ちょっとだけございますから。」
嫌気を窘めるように言って、
「そこなお嬢さん。聞きたいのですが、これは何かやっているのですか?」
声を掛けられた女は一瞬煩わしそうに眉を顰めて顔を上げた後、
「あらやら、良い男前だこと。」
来ている服装のせいか、何やら男と勘違いされて何やら色目を使われてしまったが、それで好意的に何かを語ってくれるならば好都合と言うもので、わざわざ訂正するつもりもなく
「これは何をやってるのです?」
「いえね。何やら喧嘩をしてるらしいのよ。」
「ほう喧嘩ですか。」
目を細めて顔に喜色を浮かべると群衆の方へと
その表情に
またぞろ何か
そんな表情は気にも留めず、しれっとした様子で
「それで、何が故に喧嘩なんぞしておられるのでしょうか?」
「なんかねえ。一方の男が女に振られたらしくて、もう一人の男に女を盗っただの盗らぬだのと妙な言いがかりをつけたらしくって、まあ、
「ほほう。色恋沙汰とは良いですね。喧嘩の華と言うものですよ。」
群衆の中で男が二人何か激しくもみ合っているのは見えたが、ただ立ち並ぶ人々の頭が邪魔で、具体的に何をしているかまでは判別がつかなかった。
「ここからでは何しているか良く見えませんねえ。」
惜し気に
「気にしなくたっていいじゃないですか。喧嘩なんか見たって何にもなりませんよ。」
「荒事が気にかかるのは、私の性分のようなものですよ。」
軽く言って
「もういっそのこと、中に入って仕舞いましょうか。」
喧騒を眺めながらぽつりと
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