30.小休止三
寝ないと、そうは言ったものの、やはり疲れていたのか、しばらくするうちに
地面へ座りこんだままに目を瞑り、膝へ向かって俯いて穏やかな吐息を重ね、背中を軽く上下させて眠っている姿を眺めて、何とも器用なものだと思いながら、
そっと寝ている
触れた肌の柔らかい感触がして、今日一日歩いた汗の香りが僅かに鼻孔に漂ってくる。
「全く。何とも良い香りのなさる御仁で……。」
溜息をつきながら言って、
「んぅ……。」
微かに
思わず
「何もしやしませんが。もし見られたら怒られますかねえ。一応は触らぬと約束しましたから。」
軽く曲がったままの足を手に取って、体の力の抜ける様にと四肢を伸ばさせてみると、
「ほんに可愛いらしい寝顔を晒しまして……。ちょっとぐらい約束破ってしまいましょうかねぇ……。」
本気で言うわけでもなく、さらさらと柔らかい
既に月は山の向こうへと完全に姿を消し、一段と暗くなったせいなのか、空には無数に星が散らばって綺麗に瞬いて見えた。その星屑のぱっとした広がりが、
今日斬った人を一人ずつ思い出していくと、それのどれもが盛大に赤い血を吹き出させて死んでいった。自分も恐らくはああなるのだろうが、どうせ死ぬならばこの星空のような
くだらないことを考えたと自嘲して、撫でていた掌の動きを止めると、
再び倒木の上へと腰を下ろすと、小さくなりかけていた
暗闇の中でただ一つの光源となった炎の揺らぐ穂先をじいっと眺め続けていると
「呑気なものだな。」
と、ふと声がどこからか聞こえてきた。
はたと驚いて
気が付けば
瞬間、
炎に照らされるその容姿が、間違いなく先ほど草原で斬り捨てた髭男のものだったからだ。
それですぐに
目の前の髭男が幻影である証拠に、
暗い中でしか、その男の姿を眺めたことがなかったせいで、こんな適当な姿で現れてくるのだろう。もう少し頑張って
それにまた
いつの頃からこのように幻影を見始めたのかは覚えてはいなかったが、少なくとも歳月を数えなくなるほどに長い付き合いであった。幻影として現れる者は、時に襲い掛かってきて、時に気に障ることをずけずけと言ってくる。
相手にすれば調子乗って、さらに一層と構ってくるが、無視をしてしまえばどうにもなりはしなかった。
幻影の髭男はちらりと傍らへと視線を向けた。
それを見つめて髭男は不思議そうに顎を撫でる。
「こいつは殺さんのか?俺らをああも綺麗さっぱりと切り捨てたのに。この女だけは生かしておくのか?」
それは随分と恨めしそうで、まるで地の底から這い出てきたように低く唸る声だった。
ふっと軽く笑って
どうしようかと
無視しても良かったが、どうせこのまま一人で起きているのだから、相手の戯言に付き合っても良かった。
「その人は斬りやしませんよ。ええ、斬りません。」
「何故だ?斬ればよかろうに。斬ってしまえばきっと心地が良いぞ。俺が保証しよう。」
「心地好い……ですか。多分、まあ、そうなのでしょうね。」
炎を見つめながら
途端に幻影の髭男はにいっと嬉しそうに下卑た笑みを浮かべる。
「そうだぞ。こんな上等な女を斬れば、てめえも満足できるさ。どうせ俺らだけじゃ満足してやしないんだろう?」
濁った男の言葉を、軽く鼻で笑うと
「おい、聞いているか?あの柔らかい女の肉に刀の切っ先が通る感触を想像してみろ。柔肌が裂けて綺麗な体から内臓をぶちまけるのを考えてみたらどうだ?あの唇から血反吐を吐き出す瞬間を思い描いてみないのか?良いとは思わないのか。」
問われてみて
「それはまた、魅力的なことでしょうね。」
本心ではあった、恐らくその感触は
「ああ、だから斬って……。斬ってしまいなさいな。」
ふと気が付くと、いつの間にか
顔を上げてみると、目の前に居たはずの幻影は、髭の男からとある一人の女へと姿を変えている。
髪が黒く腰まで長く、白い着物に赤い帯を纏っている。
その顔は三日月を思わせるほどに細く端正で、目元は細く長く
紅を指した唇は息を飲むほどに艶やかで、僅かに開いた口の中へと視線が吸い込まれるかのように何とも
その女の姿をした幻影に
見覚えがあるというよりは、嫌になるほど脳裏にこびりついた姿だった。
女の幻影は紅色をした唇をゆっくりと開けると、
「私の時には、斬ったじゃない。ねえ。
その声には、酷く
ずっと聴いていたい程に甘美な響きがありながら、その声を聴いていると
どこか捨て鉢な気分になって
「斬りましたね。ええ、殺しましたよ。
ぽつぽつと言葉を区切りながら、吐き捨てるようにして
「あの時は気持ち良かったでしょう?ね、
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