16.道行三
咄嗟に両手をばたつかせて、
「ふぎっ……!」
尻を打ち付けた痛みで
そうして大きな音を立てて
「ちぃっ!!」
ぐるりと回転していく視界の中で、
それは全くに聞き覚えの無い男の声であった。
地面の上を一回りに転がり切った
ふっと道脇の木の陰、酷く暗い闇の中に一人の男が居るのを見つけた。
「何者っ……?」
微かな月明りを頼りに目を凝らすが、人相は朧げでその体の輪郭すらもはっきりとしない。ただ、その風体や雰囲気に、
木の陰から僅かに出てきた男の手には、すらりと伸びた棒のようなものが握られている。月影を僅かに反射させ、煌めいたのを見て、それが刀なのだと気が付いて、そこでようやく
身の僅か先を死が通り抜けていったことに、恐怖と戦きで、
「いつの間にこんなに近くに……。」
こんなすぐ傍らに男が居ることも、刀が振られたことにも全く気が付かなかった。
一方で傍らにいた
「ずっと着いてきていらっしゃいましたけれど、歩き出して好機だと思ったのでしょう。そろそろ襲ってくるかと見当をたてましたが、いやはや勘が当たって良かったですねぇ。」
「勘!?」
思わず
「勘って……もしかして、下手したら斬られていたってことですか?」
「そうかもしれませんねえ。」
「なっ!?」
恐ろしくなって声を上げながらも、
「といいますか、今の話を聞くにあの男は、ずっと私たちに着いてきてたんですか?そんなこと知ってたなら教えてくださいよ!」
思い切りに非難の言葉を捲し立てるが、
「教えましたら、
「そりゃしますよ!」
「そうなったら襲ってくれやしなくなるじゃないですか。それは困ります。」
「なっ……!!」
しれっという
「てめえら、この期に及んで、なにをごちゃごちゃと
襲って来た男の声に、
男は木の陰の中から体を現して、刀を構えている。
相手に言われることではないが、確かに今は
「おい、小娘。」
立っている
低く鈍く、どこか僅かに侮ったような声だった。
「てめえが持ってる文があるだろう。それをよこせ。そうしたら命は助けてやる。」
地面に手を当てて、慌てた勢いで体を起こすと、
「誰が渡すか!」
勢いに任せて口を開いたが、思いのほか強い言葉が出てきて、言った瞬間に
「ああんっ!?」
男が威圧するように声を上げてきて、
「ひっ……。」
情けない悲鳴を上げてしまいながらも、
すると、その目の前に
「まあ、そう身構えず落ち着いてください。
拗ねますよ、等と可愛らしいことを言っているが、笠の下から覗く
どこか侮った雰囲気をしていた男は、それで警戒したのか、腰を低くして刀を構え直した。
しゃりんと、刀の刃先が鞘へと擦れる音を鳴らし、
細く長く弧を描いた刃先が、月影に映えて鈍く光る。
剣先が鞘の口から宙を舞い、男へと向かってするりと伸びる。
そうして
にじりっと男の
その慎重さに、
多少なりとも楽しめるだろうか、そう心にごちて
「あの……勝てますか?」
後ろから心配そうな
「さあて、どうでしょう。宿で襲って来た方よりは、ちょっとばかり身のこなしが良さそうですからね。」
「そらそうよ。あいつは間抜けだったからな。一人勝手に突出する割には注意力が足りねえ。だから、てめえらにやられたとしても不思議じゃなかった。」
にちゃにちゃと、口の中の唾液を粘っこく引きつくように口を動かして、男が言う。
まるで男の口の匂いが漂ってきそうな声に、
「それはそれは、そうでございますか。ま、本当の所、そんなのはどうでも良うございますけれどね……。」
大仰に溜息をついて
その言葉に、男はやにわに眉を顰めて
「何をっ!」
その言葉には微かな怒りがあった。
侮られたと感じたのだろう、男は怒りを混じらせてべっと唾を吐き捨てると、大きく刀を振りかぶった。
傍らで眺めていた
ざりっと地面の強く蹴られる音がすると、音と共に男の身が
「ほう。」
「おう。」
男が小さく声を上げて、刀を振り下ろす。
静かな暗闇の中、風の斬る音が鳴って、勢いよく男の刀が勢いよく縦に滑った。
間髪いれずに、金属の擦れあって弾ける音が響く。
一合。
二合。
跳ねるように、二人の刀身がぶつかり合う。
「くそっ!!」
刀を
僅か数合で息を切らしたのか、暗い闇の中で男の荒い息の音だけが大きく聞こえてくる。
「終わりですか?」
今度はより明確に、分かりやすく、
「誰が!」
吐き捨てるように言って、男が再び刀を振りかぶった。
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