17.道行四
途端、空気を劈く音が周囲に響き渡った。
闇夜の中に、煌めく刃先が一直線に軌跡を描かれていく。
勢いを増して振り下ろされる男の刀の、その切っ先を、
いや、避けたというよりは刃の向かう先に居なかったという方が正しかった。
男が振りかぶった瞬間には、すでに
ふわりと
「ああんっ?」
避けられたのが信じられないように男は
するりと避けた
勢いよく遠心力をつけた足先が、男の腹へと突き刺さった。
「ぐぅっ……!?」
爪先が右脇腹の下方を突き刺し、肋骨に覆われていない箇所の内臓を揺らした。
僅かに男はうめき声をあげて、悶絶しながら体を屈ませる。
瞬間。
男の動きは完全に止まっていた。
その僅かな隙だけで
途端、
鋭い刃先が男の手首をするりと撫でた。
気が付けば。
ぽとり、と男の左手首が地面へと落ちていた。
「ぎっぃぃぃっ!」
体に走った痛みに叫び声をあげると、咄嗟に男は身を引いた。
同時に地面に刀が落ちて、からんからんと奇妙に軽い音を鳴らす。
「俺の腕ェっっ!!」
斬られた腕の先を抑えながら、男は酷い形相で
その手首からは、指先程度の力では抑えきれずに、赤黒い血がぴゅっぴゅっと鼓動に合わせ、どこか滑稽な勢いで噴き出ていく。
痛みをこらえているのか、ふっふっと浅く短い呼吸を繰り返して、男はくっと唇を噛みしめた。
その一方で、
「
つらつらと
「そら……そうよ。」
手首を切り落とされながらも、男の態度にはどこかまだ余裕があるようにも見える。
その雰囲気に、
男が抑えていた手首から掌を離し、素早く自らの懐へと右手を突っ込んだ。
ふっと、男は懐から手を取り出すと、やにわにその腕を振るう。
不意に
次の瞬間、
風を切る音がして、
「ひっ!?」
思わずたじろいで、
拾い上げ月明かりの中で目を凝らしても、それの外形は見えづらく一瞬何であるかは判別がつかなかった。
それは
片側は細長く尖り、先端から中央に向かって平たく広がっていくさしずめ刃物の様になっている。そうしてもう片側には細く短い棒のようになり、丁度柄のようにして握りこめる形になっていた。そこでようやく
「苦無と言う奴ですかね。」
確かにそれは苦無であった。
形は自分の使うものと多少異なっていたが、基本的な構造は同じような物で、隠密が使う道具の一つであった。短刀のようにして斬りつけることは勿論、土を掘るのにも使え、縄を括り付ければ何かを縛るのにも、屋敷に潜入するときには木へと投げつけて塀を上るのにも使える便利な道具であり、武器であった。
もし仮に、男の投げつけた苦無が
それを
いや、と
仮に飛び道具と見当をつけ、たまさか避けることは出来るかもしれないがそれが何であるか等と分かるだろうかと、
「刀を振るよりは、随分と手慣れてらっしゃる。」
軽くそう言った
男ははんっと忌々し気に鼻を鳴らす。
「当然よ。こちらの方が本職だ!」
まるで獣が唸ったように男は吼えた。
その声には脅しの入り混じった響きがあったが、
「しかし、この程度の距離で飛び道具など無意味でございますよ。振りかぶって、そして投げるなどと、してる暇はありますまい。」
「なにを!」
猛った声を上げて男が懐へと手を突っ込んだ。
素早い動きで胸元に潜ませていた苦無を取り出す。
と、
次の瞬間、男の目の前に
酷く引き攣ったように、にいっと口角を釣り上げた奇妙な笑みがそこにあった。
「ほら遅い。」
緩く、穏やかで、そして酷く楽しそうな声だった。
「いっ!?」
男が慌てて苦無を振り上げようとした時には、既に遅かった。
蛇のように軌跡をうねらせた
刹那に、血飛沫が空気の中に滲み上がった。
「あっ……がっ……。」
狼狽して男が自分の体の、斬られた箇所を手で押さえる。
掌から零れた苦無が、音を立てて地面に転がった。
胸元をぐっと握りしめるが、体が、腕が、どうしようもなくまともな位置からズレていくのを感じて、男は
僅かに雲塊が空を横切り、月影すらも無くなった景色の中で、
「嫌だっ……。」
言葉にならない声を上げた時には、男の体は既に土の上へと倒れ込んでいた。
どさりと音を立て、乾いた地面に砂埃が舞い立ったかと思うと、その上に噴き出した血が降りかかって、すぐに土埃が消えていった。
一瞬、周囲を静寂が支配した。
傍らで眺めていた
そろそろと足を忍ばせて
「終わりましたか?」
そう声を変えると、
ふっと緩い笑みを浮かべたので、
それも続く
「いやはや、
「え?」
それはどういうことかと
「うえっ?」
体を引かれた
ふよりと、
途端、
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