15.道行二
階段を下りて宿の玄関へと近づいてみると、足音に気が付いたのか奥から一人の女性がひょいっと顔を出してきた。部屋で大男を斬ったときに現れた宿娘だった。
「お客さん。どうかされたんですか?」
こんな時間に外へ出ようという二人に違和感を持ったのか、宿娘はとっとっとっ、と軽い足音をさせて二人の元へと近づいて来る。 玄関の壁にかけられていた
「いえ、もう出て行こうかと思いまして。数えて十日でしょうか、幾日にもわたってお世話になりました。」
軽く頭を下げて
「出て行くって、もうすぐ夜になりますよ。危ないからよした方が良いですって。」
「それは承知の上でございますよ。急ぎの用が出来ましたので。」
それ以上説明する気もなかったのだろう、余りにもさぱりと言った
逆に傍らにいた
「あのう、ここからだと、名古屋へはどちらに向かへば良いのでしょうか?」
知らぬ間に連れてこられた宿である。
どこをどう行けば目的地へと付けるのかが分からなかったし、隣で素知らぬ顔をしている
宿娘は一度「ああ」と軽く頷いた後、考える素振りを見せて、ついっと玄関の右手方向に指を伸ばした。
「名古屋ですか。それなら宿を出て西……ええっと右に伸びている道を真っすぐ行けば着きますよ。」
「右に、ですか、ありがとうございます。」
礼を言って体の前で指を重ねると、
「え?いや、別に。そんなお礼を言われることではありません。」
こんな安宿では滅多に見ることのない丁寧な態度に、宿娘は面喰ったように言葉を詰まらせた。
どうにも場所慣れしていない
そのころには
娘へと別れを告げて玄関から出てみると、空は既に幾分と陽射しが傾いていて、浅く斜めに差し込む紅色が周囲の山の縁へと淡く掛かり始めていた。
地面には細い影が長く伸びて、全体的に薄暗く感じてしまう。
烏の数羽が緩く西の空へと飛んでいき、
どちらにしろ、酷く閑散としてしまっている通りを眺めながら、宿娘が言っていた通りならば右に行けば良いのだろうと、
体の調子を確かめるようにして
ただそれでも、この程度なら大丈夫だろうと、傷を抑えてふうっと息を吐く。
「
「お好きなようになさってください。」
これからそれなりに長い道のりを行くというのに、
その後ろを、ゆるゆると
早歩きに進み始めた二人の足は、次第に軽く駆け始めていき、道脇の青々と茂った雑草の満ちるあぜ道と、膝丈までほど稲の育った田んぼとが、視界の端で幾反も移り変わっていく。少しだけ気になって
「あれ……?」
微かに、その姿へ奇妙さを覚えながら、
どんどんと暗くなっていく道行を進んでいくと、周囲には足音以外、風に棚引く草木の音が鳴るだけで、どうにも陰鬱とした雰囲気が余計に増していく。
そこではたと
彼女は自分と同じように駆けているにも関わらず、刀が揺れたときの鞘が擦れるような音を鳴らしていなかった。
改めて
「あのぉ、
「何でしょうか?」
「どうして、走っているのに刀が鳴らぬのです?」
「上に向かって走らずに、前に向かって走っているからですよ。」
「なるほど?」
しかし、走っている間では詳しく尋ねることも出来ず、奇妙だと思うだけで
道を走っていくうちに田園然とした景色は、次第と山の林の合間を走るようになっていき、
坂道の中で
「もう先が見えませんね……。」
「山の中に入ってしまいますと、どうしても暗くなりますね。」
「ここから先は歩きましょうか。」
もう少し先に進んでしまいたかったが、流石に道行が不確かになってきて、そろそろ走るのも無理だろうと
「ご随意に。」
僅かに
歩速を落としてみると、途端に息が切れる感覚がして、
随分と長く走ったこともあり、
笠の下から覗く顔にも殆ど汗をかかず、けろりとした表情を見せているので、
「
感心して
「なに、修練よりは楽な物ですよ。型の稽古の時などには足腰が立たなくなるまで繰り返し棒を振り続けておりましたからねぇ。それと比べれば軽い運動のような物です。」
「それにしたって……私も武士の方とは会ったことありますが、
「はあ、そうでございますか?……まあ、その方々は軟弱だったのでしょう。」
「いや、それは流石に……。」
これ程までに体力のある人はそうそういないだろうと
これまでの言動や態度から、
危険に面白がって首を突っ込むところや、あの腕前を見るに、自分とは全く違う環境で生きてきたのだとは推測が付く。ただ、それがどう捻くれた場所に居れば
見た目にも彼女は歳の二十を数えるくらいだろうかと感じられながらも、屈託のない笑みを浮かべた時は同い年のようにも見えることもあり、どうにも不祥な所が多かった。妖魔の類と言われても納得してしまいそうだった。
そんなことを
「あ、
「へ、あ……はい。」
顔には見せないが流石に疲れているのだろうか、そう感じて
途端に、
ひゅっと空気を斬る音が響き、微かに
「ひあ!?」
突然過った何かに驚いて、
余りにも慌てたために、その足はもつれて
「あわわっ!」
何が起きたのか分からずに素っ頓狂な声を上げた時にはもう遅く、
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