第4話
ぼくは、ラクダにもっともっといろんなことを教えてもらいたかった。けれどラクダの知識に終わりはなくとも、砂漠には終わりがあった。今度、ぼくの前に現れたのは広い広い河だった。ラクダは背中の麻袋の一つを、そこに残った食料ごとぼくにくれて、後はぼくの運次第だと言った。そしてあの長い睫で今度もウィンクするとしっぽを二回振って去っていった。
ぼくは河の前で、しばらくの間立ち尽くしていた。この河をどうやって渡ったらいいのか見当もつかなかった。けれど救世主は現れるもので、今度ぼくを救ってくれたのは、何とワニだった。最初はクジラのミーファに乗って海を渡ってきたって言ったら、ミーファの噂は聞いている、もっとよく、海の女王の話をしてくれないかって、それでぼくはワニの背に乗ることになったんだ。
ワニはぼくの話を一気に聞いてしまうのがもったいないとばかりに、一つのセンテンスが終わると自分のことを語り始めた。オレは風来坊なのさというのがワニの口ぐせだった。ワニはこれまで数えきれないほどのケンカをして、でも負けたことはないと豪語した。ぼくはワニの体や顔にある大小さまざまな傷にそのケンカの凄まじさを思った。
オレは風来坊。誰もオレを縛ることはできないぜ。オレは風来坊。陽気な歌をうたってどこへ行くとも波まかせ。オレの行く先は天のみぞ知るってんだ!
ワニはこんな歌を唄ってくれた。ぼくはこんなワニの生き方を少し羨ましくも思った。でもケンカだけは必要最小限ですむことを密かに願った。
ミーファとの海の旅の話が終わる頃、ぼくとワニとの旅にも終わりが訪れることになった。でも、河の終わりにあったのは目もくらむような文明の地だった。
文明の地でぼくを見つけてくれたのは文明人だった。その人たちはぼくがこれまでのことを話すとよく無事だった、良かったと言った後に、かわいそうに、本当の記憶をなくしてしまったんだねと、ぼくを本当のかわいそうな人を見る目で見つめた。でも彼らはすぐに微笑んで、もう心配はいらないよ、つらいことは思い出さなくていいんだと言って飛行機に乗せてくれた。ぼくはその飛行機で、ミーファやきりん、そしてラクダやワニと旅してきた、それを目の前にすれば気の遠くなるような広い世界と、数えきれないほどの長い日々の距離をあっという間に飛び越えてお家へと戻されてしまった。戻されてしまったというとちょっとだけ残念な意味合いになってしまうけれど、正直なことを言えば、ぼくはこの時はまだ、もう少しだけ冒険をしてもいいかなと思っていた。どうやらワニに感化されてしまったらしい。ぼくの頭には風来坊の文字が浮かんでいた。ただ、その思いはおじいちゃんの顔を見た途端に吹き飛んだ。ぼくはおじいちゃんにすがりついて泣いた。おじいちゃんも泣いていた。
おじいちゃんはぼくを抱きしめて、何度も何度も、良かった、安心したよと言った。そしてぼくの頭をなでてくれた。その顔を見ると、ぼくも安心しているはずなのに胸の中ではちくりって、細い針か何かで刺されたような、そんな痛みが走った。
ぼくはおじいちゃんの舟のことを思い出していた。あの日、ミーファに乗って旅に出る時にそのままにしてしまった舟。もう流されてどこにあるとも分からない。嵐に弄ばれて海の中に沈んでいるのかも知れない。
あのね、おじいちゃん・・・・。
ぼくはミーファたちとの話をおじいちゃんに話した。でも後になって思うとその話はぼくをここまで送り届けてくれた人たちからおじいちゃんはすでに聞いていたはずだった。けれどその時はそんなことを思う頭もなく、ただぼくにあった出来事を聞いてもらいたい心だけだった。
ぼくは旅の話をおじいちゃんにして、そして、おじいちゃんの大切な舟をなくしてしまったことをあやまった。
その話を、単にぼくが舟をなくしてしまっただけの言い訳だとおじいちゃんに思われたら。嘘つきだって思われたら。そうなったらどうしようって、ぼくはとても心配だった。でもおじいちゃんはぼくの話が終わった後で微笑んで、こう言ってくれた。
「おじいちゃんも、本当はあの舟で世界一周の旅に出たいと思っていたんだ。でも、お前が叶えてくれたんだね。いいんだよ。舟は。また、つくればいい。さぁ、もう一度、その大冒険の話をしておくれ」
大きくなったぼくは、今、船をつくる人になった。ミーファよりも、大きな大きな船を。でも、一番最初につくった小さな舟は、まだ、おじいちゃんが大切につかってくれている。
ぼくはクジラに乗って旅に出た rurinoi @rurinoi
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