山の犬、現世の竜

「彼岸花を家に持ち込んだ場合の俗信は、花の色と形状からの連想、全草有毒、主な群生地の一つである墓場や子供の遊びの内容が常と離れた情景を指すと、全部の合わせ技から来ているだろうね。

 ただ、その数多い別名には異界を思わせる名前が多い。

 たとえば、庭に植えると狐がやってくるという俗信があって、狐とつく別名が多い。

 狐草きつねぐさ狐扇きつねおうぎきつねかんざしきつね尻拭しりぬぐい、きつね煙草たばこきつね嫁御よめごきつね蝋燭ろうそくきつねごうろ、狐百合きつねゆりなどなど。

 ヒガンバナ科の別種ではきつね剃刀かみそりむじな剃刀かみそりも存在する。

 面白いのは、彼岸花の俗信に蛇絡みのものはほとんど見当たらないのに、蛇とつく別名も多いんだ。

 くちなわ舌曲したまがり、蛇花くちなわばな蛇韮へびにらくちなわ嫁御よめご蛇百合へびゆりへびごうろなどがそれだ。

 くちなわ嫁御よめご蛇百合へびゆりへびごうろなんかは、狐の方にも近い呼び名がある。

 時に、狐と蛇というと何を思うかな」


かなり唐突に振ってきました。

わくわくきらきらした視線が日差しのようにまぶしく、痛いです。


「そうですね……彼岸花の植えられる場所も含めて考えると、豊作や水ってところですかね。

 狐は豊饒神であるお稲荷いなりさんの神使しんしです。

 蛇は古くからの水神ですし、稲穂を実らせる配偶者とされた稲妻いなづまの表象とされる生物です。

 どちらも、彼岸花の植えられるあぜ、つまり田んぼにとっては重要な信仰対象です。

 そして、信仰対象である、ということはつまり、それは尋常ならざるもの、まして豊穣であれば稔神としがみのものですから、すなわち異界のもの……というよりは民俗学上でよくある山と人里を二項対立で考えた場合の山、ですよね」

「僕もこの似た名前がある件については、おおむねその方向かな、とは思っているよ。確証はないけどね。

 狸花たぬきばな猫花ねこはなといった別名もあるけれど、これらについてはバリエーションは少ないから、信仰というブーストはやっぱり強いよ。

 ところで、ここまでで君はあの彼岸花と猫の話をどう思ってる?」


いきなりのヘアピンターンな気がします。

まあ、ここまでの話から考えれば、あの話の登場人物の仮定はできます。

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