墓場の花、天の花、森の花

「運用方法を考慮すると、文字を記す知識人層ではなく、より農民の身近にあった植物だと考えられる。

 実際、全国で千を超える別名が分布しているというが、古文上で彼岸花それ自体に触れた文章はなく、かろうじてそうだろうと言われているのが、さっき君の言った万葉集の壱師いちしの花の歌ぐらいだ。

 また、その別名には、独特の生態に由来する葉見ず花見ず、花見ず葉見ずや、痺花しびればな喉焼のどやけなど、服用した場合の毒の作用で嘔吐や麻痺が発生するところからというのも存在する。

 剃刀草かみそりぐさ天蓋花てんがいばなはその花の形、えびらは親となる球根とその子の球根から花が伸びる様がえびらに入った矢のように見えるからだろうけど、外見という点で言うとその赤さからか、提灯草ちょうちんぐさ灯篭草とうろうぐさ花火花はなびばな野松明のだいまつ灯台草とうだいぐさなど火に関連した別名が多い。

 それだけ人の身近にあった植物だから、昔の子供はこれを折り取ってかね撞木しゅもくに見立てたり、器用に茎を折って数珠に見立てたりして葬式ごっこをして遊んだともいうんだ。

 数珠花じゅずばな葬礼花そうれいばな葬式花そうしきばなはそういったところから生まれた呼び名だろう。

 俗信も多くてね。草木瓜くさぼけ谷空木たにうつぎと同じく、家に持ち込めば火事になる火事花とも言われる。

 火事でなくとも、人死にが出るとか、病気になる、手が腐る、歯が抜けるとか、とかく散々な言われようだ。

 まあ、家に持ち込んだり植えた場合、火事に限らず凶事があるとされる植物は桔梗ききょう梔子くちなし茱萸ぐみさかきなど沢山ある。

 大概は色や呼び名からの連想か、毒のある植物の持ち込み、はたまた晴れ・異界と関わる植物を・人里に持ち込むことを禁忌とするための口実だね。

 曼珠沙華まんじゅしゃげという呼び名も、仏教の法華経ほけきょうにおいて、釈迦の説法後に、曼荼羅華まんだらげと共に天から雨のように降り注いだという花の一つに由来するから、これもまた彼岸花の異界性をより強調している呼び名だし」

「西洋でも妖精の好む植物を家に持ち込むことを忌むんでしたっけ」


私の発言に、うんうんと満足げに先生は頷きます。


「ブルーベル、山査子さんざしはしばみ辺りがそうだね。

 それこそ、ブルーベルは妖精の呼び鈴、ブルーベルが鳴った音を聞けば死ぬ、ブルーベルの茂る森に入れば妖精にさらわれると言われるほど、森の異界性を表す植物だ」


私の発言に、うんうんと満足げに先生は言います。

写真でしか見たことはありませんが、一面のブルーベルの花は、色こそ対照的であれ、一面の彼岸花にも近い幻想溢れる景色です。

どっちも好きです。


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