放射状のリコリス

「……先生、タイムリーですねえ」

「ん? というと、そのカセット、彼岸花と黒猫の?」

「ええ。丁度、文字起こしが確認まで終わった所です」


そう。先生だけに限れば、別段文字起こしは不要なのです。

頭の中のデータベースに、しっかり入っているようなので。

問題は他人がアクセスできないということなのです。私とか。


「ところで、その彼岸花は?」

「ん、家の前に落ちてたから」


だからって、わざわざここに持ってくる必要性などあるのでしょうか。

ふ、と先生がいたずらっぽく笑いました。


「彼岸花について、どれぐらい知ってる?」


また唐突にこの人は。


「えーと、一般的には彼岸花、他には曼珠沙華まんじゅしゃげやリコリスが有名ですよね。

 あと、幽霊花ゆうれいばなとか死人花しびとばなとか不吉な呼び名も多いんですよね。

 確か、万葉集にも一首だけそれらしい花が読み込まれてる歌があるとか」

「道の壱師いちしの花の灼燃いちしろく人皆知りぬ我が恋妻は、だね。諸説あるけど」


先生の頭の中のデータベースは一級品ですし、演算能力も高いです。


「あと毒があるけど、水溶性のものなので水にさらせば食用にできるんですよね。

 その毒からモグラよけに田んぼや畑の周りに植えられたりもします。

 お彼岸に咲くから彼岸花、でしたっけ」

「うんうん、それぐらいかな。一般的なとこは」


先生の言う一般は比較的深めだと思います。

普通の一般がくるぶしまでの浅瀬なら、先生の言う一般はもう膝近くまであるのではないでしょうか。


「生薬としては石蒜せきさんとも呼ばれるんだ。

 ただ、主に塗布したり湿布として使われるぐらいで、劇物を飲んで急遽吐かせる時ぐらいしか服用はしなかったそうだよ。

 彼岸花の毒は特に嘔吐作用が強いらしい。全草有毒だけど、その薬効を期待する場合、特にその球根――正確には鱗茎りんけいを用いる。

 彼岸花という呼び名の起源については、君の言った咲く時期に由来するという説と、食べた場合に死ぬことを指すという説がある」


では、肝心の先生本人はというと、時々水面は頭の遥か上にあります。

時々でなくても割と首の下くらいまでは浸かってるんじゃないでしょうか。


「大陸伝来のものと考えられていて、君の言った通り、救荒植物、モグラよけとしての運用の他に土葬した死体の野犬よけとして墓場に植えられる。

 山にはない人里の植物で、その生育地の特徴から、田んぼ花、墓場花はかばばな、火葬場を三昧場さんまいばと呼んだことからと思われる三昧花さんまいばなという呼び名もある。

 際立つのは花が咲いている時に葉は出ず、葉が出ている時期には花が咲かない独特の生態がある……というのが現実的な部分」


ここまでは腰辺り、ですかね。

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