窓辺で

* * * * *


かちん、と私は今時珍しいラジカセの停止ボタンを押し込みました。

先生が昔にインタビューした時の資料の、文字起こし。

その最終段階の確認をしていたのです。

なーご、と後ろの開け放した窓から、猫の鳴き声がしました。

振り返ると、窓の側の塀に乗った一匹の黒猫が、緑がかった黄色の目で私を見ています。

通りすがりさんのようです。

悪魔の話Speak of the devil物語の中の狼Lupus in fabula、噂をすれば影。

うーん、今回はさしずめ、怪談の中の黒猫、でしょうか。


「どこから来たんですかねえ。首輪がないから迷い猫ではないようですけど」


そーっと手を伸ばすと、ぺしんと猫パンチではたき落とされました。

ああ、哀しい。

そりゃ野良ちゃんならノミの心配も勿論ありますが、それでももふもふの魅力というのは、実に多くの人心を惑わせます。


「ダメですか……見ることしか叶いませんか……」


なーご、と肯定のように黒猫が鳴きます。

手厳しい。

悲哀を味わっていると、がちゃりと部屋のドアが開く音がして、次いで能天気な響きのあるやや高めの声がしました。


「ただいまー」


先生が帰ってきたのです。

そして、猫ちゃんは音に驚いたのか、するりと塀の向こう側に降りていってしまいました。


「おかえりなさい、せんせ、い?」


振り向けば、本日二度目の、悪魔の話Speak of the devil物語の中の狼Lupus in fabula、噂をすれば影。

かがやくように鮮烈な赤い花。

細い花蕊かずいもそれを収めていた花弁も、己が内からぜたように、長くくるりと反り返っています。

正に今さっき私が最終確認を終えたお話の、そのキーの一つである彼岸花が、先生の手にはありました。

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