第13話【カティアの日記】

シャッフルワールド物語

第一部【マーシャの地図】

『最終話:カティアの日記』


【営業日報】

5月12日(火曜日)

天気(はれ)

担当者:カティア

この仕事を初めて一年になった。

朝のお見送りの後に仲居頭に呼ばれる。また何かヘマをやらかしてお小言をいただくのかと思ったら、今日から私がお宿の営業日報の担当だと言われた。…営業日報。うん、書けと言われても何を書いて良いものやら。とりあえず、前任の書いたページを参考にしようと思ったけれど、こりゃダメだよマコさん。とにかく文章に擬音が多すぎる。事ある毎に、ズババーンとか、ズドンとか書いてある。仕方ないので、これから私なりの営業日報というものを模索していこうと思う。うん、I’ll be backでTo be continued。こうご期待。



5月13日(水曜日)

天気(はれ(ずっと昼間))

担当者:カティア

驚く事に、魔王が倒されたっぽい。出勤してくると皆が大騒ぎしていた。マコさんは「明け方に神様からのお知らせがあったでしょ?」って言ったけれど、残念、私はその頃、まだ夢の中でした。あと、会う人会う人、これから三日間は夜が来ないとか冗談みたいな事を言ってたけど、なんとそれは本当だった。一日の終わりのこの日報を書いている今現在も、外は昼のまま。夜更かしチャンスかも知れない。

そうそう、元号も変わるらしい。世の中の皆は浮かれているっぽいけれど、ヘセーイ生まれとしてはゆゆしき事態。これから先、私はこの若さにして「ヘセーイ生まれは…」とか言われてしまうのだろうか。困った。うん困った。まあ、それでも「せっかくこの元号にも慣れたのに」とか言ってる他の仲居さん達は皆ショウーワ生まれなのだけど。ヒヒヒ。

うん、ショウーワ生まれ、頭がかたい。あと、すぐ根性論を出す。やれやれだ。



5月15日(金曜日)

天気(ずっとはれ。ずっと昼間→突然夜)

担当者:カティア

なんじゃこりゃ。ちょう忙しかった。どんなに楽しい物かと思ったけれど、フェスト(祭)は嫌いだ。だって、ずっと仕事なんだよ。おかげで昨日の日報が書けなかった。それどころか、この三日間ほとんど寝れてない。トラウマになった。新しく生まれる魔王にお願いするけれど、当分、倒されたりしないでね。根性見せなさい、根性。

そうそう、新しい元号と移転先が決まった。元号は『レイワー』移転先は初級エリアの真ん中くらいらしい。組合長と街長が大勢の前で泣いていた。どうやら冒険者向け価格が思い切り下がるらしい。あと、上級冒険者向けの装備やアイテムなど、初級エリアではさすがに売れないから、ごっそり下取りや返品に出さないといけないらしい。うん、商売とは中々に難しい物だ。

一長一短である。



5月16日(土曜日)

天気(あめ)

担当者:カティア

事件が起きた。大事件だ。パンティが客室に忘れられていた。新品じゃなくて、けっこう汚れたやつ。しかも、なんだこれ、超エロエロでめっちゃ高そう。何気に気になったのでネットで検索してみて驚いた。値引きがとんでもない通販サイトでも下だけで5万ゴールドとかするじゃないか。これ忘れたお客さん、どんだけ旅行に気合入れてたんだろ? そして、この先どうするのだろう? 5万もするパンツを諦め切れるのか? 私なら出来ない。とにかく捨てたらマズそうだ。まあ、予約台帳を見れば住所も名前も分かるのだけど、さすがに「汚れたパンティを忘れましたよね?」とは、聞きづらいし、相手も「私の洗ってないパンティありませんでしたか?」とは言いづらいと思う。うん、これは長い戦いになりそうだ。そう、私が先に折れるか、あなたが先に負けを宣言するか、そんな勝負だ。

しばらく様子を見る事になる。



5月17日(日曜日)

天気(くもり)

担当者:カティア

フェスト(祭)明け最初の日曜日。今回のフェストは上手いこと週末と合体したから、巷は5連休で、皆がこれをゴールデンウィークと呼んだらしい。そんなこんなで、明日の月曜日は新しい移転先での最初の営業日となるので、さすがに今晩の予約は一件も無い。昨晩のお客様をお見送りすると久々の休館日。働きづめだったので、これは有難い。


午後からお疲れ会を兼ねてお宿の従業員全員で西の森の庵に住むジージとバーバを訪ねた。二人とも超長生き。そして、いまだにラブラブ。

宴会の余興でジージが魔法を披露。

「これは詠唱にえらく時間がかかるから、めったにはやらんのじゃ」

とか大見栄を切る。10分待たされた。大きな花束が出た。待ったわりには地味。

(追記)

パンティの連絡なし。さすがに汚れたままではまずいので、始まりの女子会で『洗う』という決断が下された。しかも、年功序列で一番若い私が担当になってしまった。しかし、さすがにこれはビニール手袋をしても触りたくないので、使い古しの割り箸でつまんで洗濯機に放り込もうとしたら女将さんに叱れた。「あのねカティア、こういう高価な下着は洗濯機じゃなくて手洗いしないとダメじゃない」らしい。さすがにそれは全力で拒否した。

しぶしぶ女将さんが手洗いしてた。



5月18日(月曜日)

天気(あめ)

担当者:カティア

嬉しい来客あり。長い間旅に出ていた親戚の叔母さんがやって来た。めっちゃ久しぶり。この人は元気だから好きだ。でも「オバちゃん、久しぶり!」と、言ったら「カティア、あんた失礼な子だね! あたしゃまだ37だよ!」って怒られた。

37歳はおばちゃんだと思う。

(追記)

パンティの連絡はまだ無い。きっと、持ち主も連絡を入れようか迷っているに違いない。だって5万なのだから。私達の戦いは続く。



5月19日(火曜日)

天気(あめ→はれ)

担当者:カティア

勝った。勝ったぞ。私の粘り勝ちだ。ついにパンティの持ち主が痺れを切らして連絡してきた。そうだろう、そうだろう。だって5万なのだから。うん、悩んで当然だ。その『恥ずかしいけど諦め切れない』って気持ち、私嫌いじゃないよ。随分悩んだんでしょ? 辛かったんでしょ? 長い間苦しい想いをさせちゃったね。

…でも、私の勝だ。

(追記)

仲居頭のマコさんに「あなたのは営業日報じゃなくて、ただのブログよ」と、指摘される。いやいや、何をおっしゃいますやら。マコさんだって擬音だらけだったじゃないですか。

とりあえず、指摘されてすぐに方針を変更するのはプライドが許さない。継続は力なり。これが私なりの個性だと信じてこのスタイルのまま貫く姿勢で挑む。



「カティアー! あなた、また日記書いてたの?? いい加減に若女将の自覚を持ちなさいな! サボってばかりいると、またお父さんに叱られちゃうわよ!」

暖簾を隔てた厨房から、お母さん、いいや、女将さんの声がした。ゴキゴキと左肩を回してる。毎年そうだ、梅雨が近づくと「古傷が痛い」とか言って機嫌が悪いから困ったものだ。板場では一生懸命に鮎を焼くお父さんの姿も見えた。

「グローセラントカーテ」

私はお母さん譲りの地図を出すと、日誌を包んで机の中に片付けた。

今日はハートの水玉模様にした。



シャッフルワールド物語 

第一部【マーシャの地図】

(完)


















【あとがき】

この度はマーシャの地図をご愛読いただきありがとうございます。この作品は5年半前に「小説家になろう」上で連載した私の処女作のリメイクとなります。その後、色んなジャンルで書き続けていますが日の目を見る事がなく、脚本家の友人に相談したところ「小説家になりたかったら、もう一度あの作品をリメイクしてみたら? 出来れば文量を倍にして、上下巻みたいな感じで」という有難いアドバイスをいただいて執筆の運びとなりました。

この物語は、異世界転生、無双作品が主流の昨今にもかかわらず、『異世界でも普通に悩んでる人はいるんだよ』『無双が出来ない弱者の背伸びもあるよね』『台詞は少なめで…』という時代の流れに逆行した物を書きたくなって生まれた天邪鬼なお話です。まあ、お料理でもそうですが、こってりした物の合間にサッパリとした味を。という感じで対極的なこの物語も需要があればいいなあ。と、思って書いた事を今でも覚えています。

 尚、マーシャの地図はこの第一部だけでも独立した物語ですが、実は三部作になっております。ここでは回収しきれなかった伏線は、二部以降の布石となっておりますので、出来れば今後もご愛読いただけると幸いに思います。

では、引き続き第二部をお楽しみください。

西山 壮

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