第12話【手を伸ばす先にある世界(みらい)】

             (一)

 まるで漂う雲のように、ふわりふわりと宙に浮いていた。とても気持ちが良かった。身体が軽くて温かくて、優しい光に包まれているようだった。手足の感覚なんてもう無くて、かと言って、痛い訳でもないんだよ。魂だけが高く、高く舞い上がり、のんびり夜空を泳いでいるんだ。

 遥か遠くにゲイローの夜景が見えた。仰向けになって天を仰ぐと、今度は満天の星空がすぐそこにあった。見れば見る程、泣けちゃうくらいに綺麗な星達で、一人占めするのは何だか贅沢と言うか、とても勿体ない気がした。こういう景色、どうせ見るならシュテフと一緒が最高なんだろうけど、今回ばかりは望んじゃだめね。

天国への階段はどこかな?

もっと上の方なのかな?

少し心配になって目を凝らす。だってほら、上手に辿り着かないと浮遊霊とか、自縛霊になっちゃうんでしょ? 子供の頃、クラスの皆がそんな話題で盛り上がってたよ。…そうか、また会えるのか。あの懐かしい幼馴染達に。うん、天国への階段。一生に一度の事だけど、私の場合はどうにもお爺ちゃんと一緒に登る事になりそうだ。


そう、私は死んだのです。


 突然ツェルトに現れたのは一匹の巨大なリザードマン、蜥蜴頭だった。恐らくあれが敵のボスだったのだろう。聞いていた魔物達とは容姿や圧力があまりにもかけ離れていた。足元にはヨーゼフの骸が転がっていた。頭の上から降りそそぐ腐臭。そして、巨石の影から現れた身体はあまりにも巨大だった。震え、動けなくなっている私の目の前には鱗に包まれた膝があった。思わず息が止まる。完全にあのミノタウロス級だった。恐る恐る見上げると、その手には全く手入れなどされていない、傷だらけで刃こぼれだらけの出鱈目に巨大な鉈(なた)が握られていた。そして、無情にもヤツは私に狙いを定めると、ゆっくりそれを振り上げた。その瞬間、恐怖が恐怖を凌駕した。私は硬直していたはずの身体を短い悲鳴一つで動かすと、ありったけの力で大地を蹴って横っ跳びに飛んでいた。

…でもまあ、今考えるとそれがダメだったんだろうなあ。

そりゃあね、あんなに鋭くて速い振り下ろし、魔法使いの身体能力で逃げられたら世話がないね、って話だよ。あと、あれね。思い切り地面を蹴り過ぎて、落ち葉で滑って思いのほか飛距離が稼げなかったのも痛い。ほんとに間抜け。私って、ここ一番で必ずやらかすんだ。そう、避けるどころか逆に真横になり宙を舞った身体は、ものの見事に一刀両断、輪切りにされてしまったんだ。そして、鉈が完全に振りおろされると、その桁違いの威力で地面が大きく爆ぜるのが見えた。結界破り、人語を話す知能。なんだそれ。そんなのに勝てるわけがないじゃない。


…で、まあ、うん、今に至るのよ。


 プカプカと、お空に浮かんで考える。確かめる勇気は無いけれど、腰から下はもう付いていないのかも知れない。うん、あの太刀筋だと無理だろう。でもまあ、あれか、今の私は魂だから、そういう心配はもう要らないのかも。

…ん? 

ちょ、ちょっと待って!? って言うか、どうなってるんだ私の本体の方は!?

ヤバい、もの凄く重大な事に気が付いてしまった。うん、あの軌道、あの感触、見事に帯の上から真横にバッサリだった。それに、その後の衝撃で分断された私の身体は四方八方に転がったはずだ。そうなると今現在、絶対に色んな所がハダケまくっているに違いないぞ。うん、これはもう『寝相が悪い』とかいうレベルじゃない。

…ん??

え? えっ!? ちょっと待ってちょうだい!

もし、シュテフが生き伸びてくれたなら、後日、そんな姿を見られちゃうの!? 

えーっと、えっと、今日、どんな下着つけてたっけ!?

あ、やっば!

下は袴だからさすがに履いてはいたけれど、上は着物だから付けてないじゃない…

満天の輝く星空を見上げたままで大きな溜息が零れて落ちた。どうせなら、綺麗な身体で死にたかったな。お父さん以外、男の人には見せた事がない私の裸。生まれて初めて好きな男に見られるのならば、綺麗なままが良かったな。


それだけが、妙に心残りだった。




シャッフルワールド物語

【マーシャの地図】

第十二話『手を伸ばす先にある世界(みらい)』




               (二)

『…ャねえ』

『……い!』

白い闇の中で何かが聞こえたような気がした。その声がとても愛おしい気がして、消えてしまうのがとても切ない気がして、私は必死に、まるでエコーのように薄れていくその言葉の尻尾を捕まえようと意識の手を伸ばした。

『…―シャねえ!』

『…かい!!』

辛うじて指先が言葉に届く。そして必死に摘まんで抱き寄せるように引っ張ると、再び声が聞こえてきた。やっぱりそれは、良く知っている声達だった。

『マーシャ姉!!』

『仲居!!』

その瞬間、私は瞳を見開いた。目の前には、月明かりに薄らと照らされた深い夜の森があった。秋の虫達の鳴く声がそこら中から聞こえていた。少し湿った落ち葉の感触が開いた掌の下にあった。慌てて周りを見渡すと、私は一本の巨木にもたれ掛り倒れていた。色んな所が痛かった。それこそ、頭に肩に背中。特に腰とお尻は最悪で、ジンジンとして、そこに心臓が付いているかと思うくらい脈打っていた。

…ん? 

…お尻??

慌てて手を回し、触れてみて驚いた。付いていた。てっきり腰から下は無くなったと思っていたのに、ちゃんとお尻が付いていた。しかも、キュートでプリティなのが二つもだ! 何が起きたのか、起きていたのか、混乱した頭ではすぐには理解が出来なかった。でも、見上げた巨木は、所々枝が折れていて、そこから眩しいお月様が顔を覗かせていた。そして、下を見ると、その折れた枝達が、私のお尻の下にあったんだ。この状況を見ると、信じがたい事にどうやら私は生きている。うん、そう考えるのが妥当だろう。思わずホッペを抓ろうと思ったけど、そんな必要は無かった。だって、そこら中が痛いんだもの。おそらく、空を飛んでいたのは身体から抜け出した魂なんかじゃなくて、リアルに夜空を飛んでいたのに違いない。そして、一際背の高いこの巨木にぶつかって落ちたのだ。そう考えるのが妥当だった。…でも、いくらなんでも、そんな漫画みたいな事ってあるの? そう思った瞬間、不意に目じりに涙が浮かんだ。

―ある。

―ありえなくはない。

源泉からのお湯の供給が止まってもなお、旅立つ私達のために皆が残ったお湯を沸かし直してくれた。そう、お宿のお湯の効能がまだ生きていたんだ。体重補正マイナス20%。そうなると、今の私の体は一〇キロ近く軽いはず。そう、おそらく三〇キロ台。

…うん、まあ、そういう事にしておこう。

そう、この体の体積に対してこの重量。それならあながち無い話でもない。しかし、あの化け物染みた蜥蜴頭の一振り、足元で爆ぜた大地。その勢いだけでここまで飛ぶのか? と、疑問に思った時、一匹の小さな風の精霊が、頬笑みながら消えて行くのが見えた。頭の端に白いお髭のお爺ちゃんの笑顔が浮かぶ。

「グローセラントカーテ!」

慌てて地図を出して確かめる。そして、それは確信へと変わった。そう、そには四つの青い点が描かれていた。青々と濃く描かれた三つの点と、今にも消えそうなくらいに薄く描かれたツェルトに残された一つの点。

「…風の…魔法」

それが答えだった。もう一度記憶を辿る。そして、自分がもう一つの勘違いをしていた事に気がついた。そう、確かに青い点はツェルトに到着していた。消えてなんか無かった。お爺ちゃんは生きていたんだ。そしておそらく、最後の力をふりしぼり私の体を風の力で吹き飛ばしたんだ。

『マーシャ姉! マーシャ姉、大丈夫かい!?』

『仲居! 今しがたそっちの方で凄い爆発音がしたぞ! 大丈夫か!?』

今にも消えてしまいそうな青い点に感謝をしていると、私を呼ぶ二人の声が頭の中に響いてきた。

―― 二人にはこの状況を悟られてはいけない。

咄嗟にその考えが頭に浮かび、適当な理由を探して周りを見渡す。

『あ、あ、うん! ほ、ほら、カモミール茶を沸かしてたでしょ。でね、急に戦闘になったからさ、うっかりバーナーコンロのコックを閉じるの忘れてたのよね、私。で、暗くて地図が見辛いから、うっかりマッチに火つけちゃったら…てへ、てへへへ。後はご想像にお任せするわ…』

苦し紛れ、口から出まかせの適当な嘘をつき、おっかなびっくり返答を待つ。

『え、ひょっとして仲居、今、アフロ?』

『なってない! 口から煙とかも出してない!』

ハイディの軽口を聞いて色んな意味で胸を撫で下ろす。うん、彼女が単純で助かった。そして、今の冗談で私の意識が飛んでるうちに、実戦闘組の二人が絶望的な状況にはなっていないといという事も理解が出来た。ならば、そのままがいい。こっちがこんな惨状になってるだなんて知ったら、確実に彼らは瓦解する。

―そうなると、ここは冗談抜きでふんばり所だ。

大きく息を吸い込んで一人頷く。そう、二人に気付かれないように、私一人で何とかしなくちゃならない場面だ。おそらくここが分岐点。明と暗、どっちに転ぶか、その境界線の上に立っている。ならば、いつまでもこんな所で倒れてるわけにはいかないじゃない。私はペロリと上唇を舐めると、そのまま歯を食いしばって全身に力を込めた。

「ツッ!」

突然、腰に痛みが走って息が出来なくなる。打撲とは違う質の鋭い痛みだった。恐る恐る手をやると、ザックリと帯が裂け、そこが血で濡れていた。私の血だった。もう一度指先で触れるとさらに鋭い痛みが走って、どうやら蜥蜴頭の一撃が腰にヒットしていたのは夢では無かったのだと理解した。…でも。ならば、どうして私は真っ二つにならなかったのだろう? そして、その理由もすぐに分かった。触れた指先に固い感触があったんだ。そう、それは二つに折れた松さんの出刃包丁だった。正直、この細見の包丁であの一撃が防げたというのは眉唾だけど、結果的に考えると、やっぱりこれとヨーゼフの魔法が寸での所で私の命を繋ぎ止めてくれたのだろう。

「フッ、フッ」

っと、短く深呼吸をして腰の痛みに堪えると、私は瞳を閉じて袖の中に残った最後のユンカーに手を伸ばした。そして金色のパックを開けると、付いている妙に細いストローなんかお構いなしでそのままラッパ飲みして瞳を閉じる。すると、体中に染み渡るように痛みが少しずつ引いて行くのが分かった。とは言うものの、そこらへんはグンとグレードの落ちる特売品。ザックリ切れた脇腹は完治はしてくれなかったし、戻った魔力も満タンとは言えなかった。けれど、辛うじて出血は止まり、多少の痛みに耐えれば動けなくはない程までには回復してくれていた。

「さて、どうしたものか」

背中の大木に体重をあずけたままズルズルと立ち上がると、満身創痍な私はとりあえず三枚の地図を出した。そして、改めてツェルトの様子を確認する。ヨーゼフの点は、まだ辛うじて目視する事ができた。でも、すでに風前の灯だった。不思議な事に赤い点、敵のボスは結界の中を歩き回っているように見えた。地図をめくる毎に落ち着きのない様子でツェルトの中を移動しているのが読み取れた。そして『ひょっとしたら、これは私の死体を探しているのかも知れない』という仮説が頭に浮かんだ。

「そのまま探せ。そこにいろ! しばらくの間、あるはずもない私の死体を探してそこを動くな!」

小声で呟くと、この後、どのように作戦を継続させようか思案を巡らした。でも、これは中々に難しい問題だった。何も無かったかのように、これまで通りに戦闘を継続しようにも、手持ちにあったユンカーは今しがた全部飲み干してしまった。まあ、ツェルトまで戻ればあと三本、どこかにヨーゼフの高級品が転がってるはずなんだけど、それは考えるだけ時間の無駄だった。とてもじゃなかいけど、あんな所に戻れるはずがないし、そもそも三本ぽっちがあったって、残り半数の魔物達と戦うにはあまりにも焼石に水だった。

じゃあ、どうするマーシャ?

どうするのが最善の方法だ?

幾通りも頭の中でシュミレーションを繰り返す。でもダメだった。どのルートに進んでも何手か先には確実に詰む。全員が生き残る方法は見当たらなかった。

折れるな。

諦めるな。

頭が巻き巻きを起しそうでも、面倒くさくなっても、手の中にある『考える』という名の匙は投げちゃダメだ。ギュっと握って我慢しろ。

色んな言葉で自分を叱咤すると、体中の痛みに耐えてさらに思考を巡らす。そして、改めてシュテフとハイディの状況を把握しようと視線を地図へ落とした瞬間、頭の中に電撃が走った。思わず目を疑った。信じられない事が起きている事に気が付いた。そして、慌てて古い記憶を漁りだす。そう、どっかで聞いた、いいや読んだ気がするんだこの状況。すると、あのポプラ並木と石畳、クスクスと笑う声が頭に浮かんだ。そう、知っている。私はこの状況を知っている。魔法学校時代、鬱陶しい陰口から逃げ出すために毎日通ったお昼休みの図書館。時間つぶしにペラペラとめくっていた興味のない魔導書にそれは載っていた。その時は、さすがに万に一回もありえないこのシュチュエーションに、頬杖をついたまま「まっさかぁ」とか呟いた事を思い出したんだ。

『シュテフ! 聞こえるかいシュテフ!』

叫んでいた。私は思わず叫んでいた。

『…ど、どうしたんだいマーシャ姉!!』

『凄い! 凄い事が起きたんだ! いや、起きているんだ!』

『な、なんだよ仲居! どうしたっていうんだよ!?』

『皆が長時間、戦ってくれたおかげだよ! 敵が散らばって隙間だらけ! 今、君達の近くには魔物がほとんど居ないんだ! でも、それだけじゃない! 走るんだ!』

『マーシャ姉、走れって何処に!??』

『つべこべ言うな! 今すぐ二人で東に向かって走れ! 全速力でだ!』

『おいおい仲居! 東って、そこ、崖しかねぇじゃねぇか!』

『そうよ、崖よ! 今すぐ二人で崖に向かって全力で走って!』

『はあ? 何言ってんだ仲居!?』

『崖から飛び降りなさい! って言ってるのよ!』

『マーシャ姉!?』

『おいおい、気でも狂ったのか!?』

『見張りしか残っていないのよ!』

『だから、意味わかんないって!』

『駅が、駅が今なら無人なんだッ!!!!』

『!?』

『残った数匹の見張りを殲滅して、ホームの中心に勇者の剣を突き立てろシュテフ! 湯本源泉駅の解放を勇者の名の元に宣言するんだ! ダンジョン内に生存する敵が一匹も残っていないなら、それは殲滅したと同義なんだ! それでこのミッションはクリアなんだ!』

そう、地図を見て気が付いたのは正にこれだった。私が気を失っていた間に魔物達には大きな変化が現れていた。長く、長く続いた戦闘。今までは常に戦闘区域ばかりを眺めていたから、それ以外の場所を見る余裕なんて無かったけれど、改めて着眼点を変えてみると、この長時間の戦いで状況が変っていた。そう、駅周には赤い点がほとんど無くなっていたんだ。それこそ、ボスまでもが森に入っている。この状況は完全な山狩り状態の総力戦。敵は全力で私達を潰しに出ていたんだ。でも、これは決して絶望的でも悪い事でもない! そう、ディフェンスを捨て攻撃に転身した時に、つけ入る隙や粗が生まれるんだ。そして、その勢いが強ければ強い程、生まれるチャンスもまた大きいのだと、私はこの時に確信した。

『走れ! 走るんだシュテフ!』

もう一度、強く叫んで夜空を仰ぐ。

……

そして、一拍置いて大きなため息が漏れた。森を駆ける冷たい風が頬を撫でていた。

「…嘘…ついちゃったな」

輝く無数の星達に向かって思わず吐露する。

―今現在、シュテフ達の周りには敵が殆どいない?

…そりゃそうよね。

だって、魔物のほとんどが、ツェルトに向かって大移動を開始してるのだから。

改めて視線を落とした地図上には、シュテフ達をそっちのけでこっちに向かって来る沢山の赤い点達が描かれていた。大きく息を吐いて斜面の上を見る。不思議と恐怖心は無かった。ただ遥か遠く、緩やかに続く登りの斜面の先に淡く輝く結界の光が見えていた。それにしてもお爺ちゃん、随分遠くまでスッ飛ばしてくれたものだ。ツェルトから直線距離で約300m。おかげで生き残れはしたけれど、あちこちぶつけて体中が痛いったらありゃしない。そして、私は拳を強く握りしめた。

―でも、感謝だよお爺ちゃん。

頭の中にはすでに一つのプランがあった。どんなに脳内シュミレーションをしてもても出なかった『皆で生き残る』という答え。でも、幾つかの条件を足したり引いたりしてみると、最悪の状況だけは免れる事が出来る気がしたんだ。両ひざに手を置き、準備運動とばかりに身体を左右に振ると、そこら中からボキボキという音がした。

「グローセラントカーテ!」

私は数ある壁紙コレクションの内から、この薄紫の着物に一番近い柄の地図を広げて再度状況を確認する。うん、よくよく見ても、我ながら咄嗟に考えたわりにはエクセレントな判断だった。でも、まだ位置関係が悪かった。何と言うか絶妙に敵の配置が浅い。シュテフ達も戸惑っているのか、東へと向かう足取りが重そうに見える。これだと、あっちに戻って行く敵も出てきそうだ。何とかして引きとめられればいいのだけど。

…ならば。

ペチンと両頬を叩いて気合を入れる。足元にあった太い枝を拾い上げて振ってみる。うん、ブンブンといい音がする。適当に拾った割には握り心地もいいし、何よりも振りやすい。私はこの枝をシュテフにあやかって一閃丸と名付ける事にした。

「行こう、一閃丸。ここからが私と君との戦いだ。頼むね相棒」

ゴクリと息を飲む。覚悟は出来た。後悔も無かった。そして大きく一閃丸を振り上げると、そのままの勢いで背後の巨木目がけて振り抜いた。ビリビリという痺れが両手に伝わると、夜の森に気持ちの良い音が響き渡って遠くの森がざわついた。どこかで魔物達が吠える声がした。

「さあ、これで後戻りは出来ないよ、一閃丸」

私は、手に握っていた藤色の地図を目の前の木の枝にくくりつけた。そう、これが私の出した答え、解決策だった。どんなに考えても、全員が生き残る方法なんて見つからなかった。全滅する未来しか見えなかった。でも、いくつかの命を諦めると、救える命があるのだと気が付いた。だから、自分の命は計算から外す事にした。申し訳ないけれど、お爺ちゃんの命も省かせてもらった。天国への階段。どうにも私は彼と一緒に登る運命らしい。憧れの女将さんとじゃなくてホントにごめん。そう、これが私の選んだ私にしか出来ない戦い。こっちに向かっている大量の魔物達を可能な限り引きつける。シュテフ達が無事に森を突破し、駅へと辿り着き、見張りを殲滅する時間を捻出する。まあ、無事彼らが駅を解放出来るまで逃げ切る事が出来たなら万々歳なのだけれども、地図を見る限りそれはどうにも無理そうだ。だから、『どれくらい長い時間、私は生きたままで森の中を逃げまわれるか?』これは、そんな勝負だった。

『シュテフ! ハイディ! 走るんだ!』

私はもう一度そう叫ぶと、思い切り地面を蹴って駆け出した。



                (三)

 風に乗って短くて鋭い剣戟の音が聞こえた。シュテフ達が戦闘を始めていた。新しく藤色の地図を開くと、横目で二つの青い点を確かめる。彼らは無事、残された敵を倒しつつ移動を開始していた。それだけを確認してコクリと頷くと、目の前の木の枝に地図を括り付けてダミー、デコイにした。そして力任せに一閃丸で木を叩きつけた。

「おーい! 私はここだぞオタンコナスー!」

思い切り叫んで走り出す。そんな事をすでに何度繰り返しただろう。振り向くと、深い夜の森の中に月明かりを受けてはためく幾つもの地図達が見えた。もしもこれが黄色なら、昔お父さんとお母さんに一度だけ連れて行ってもらった映画館、隣町で観たムービーのようだと私は思った。でもまあ、それはそんな幸せを呼びそうな光景にはお世辞にも見えなかった。暗い森の至る所で赤い瞳が光っていた。風に乗って鼻を突く獣の匂いがした。藤色の地図を出す毎に、一閃丸で木を叩く毎に益々それは密度を上げていた。すでに、いくつかのダミーが引き裂かれ、強制的に消えたのが魔力を通じて感じ取れていた。でも、幸運にもハイディが言ってた事は本当のようで、あの毛むくじゃらのゴブリン達は、レベルは高いクセに知能はそれほどでもないみたい。だって、どう見たって私では無い吊るされたただの地図に、さっきから攻撃をしかけているのだから。

「このバカチンども!  私はここだぞ、かかってこい!」

さらに木を叩いて走り出す。縦横無尽、地図で空いているスペースを見つけると、一目散にそこを目指した。


「グローセラントカーテ!」

これが、最後の地図だった。さすがにそこは特売品。回復量は、やはりタカが知れていて、私の魔力は敢え無く枯渇した。でもまあ、ぶっちゃけこれ以上、地図を出す必要も無いようにも見えたんだけどね。だって、すでに大量の魔物の気配がすぐ近くでするし、物凄い勢いで草木を掻き分け走る音がどんどん迫っているのだからッ!

「ばーか、ばーか! 私はこっちだよー!」

さらに木を叩いて野山を駆ける。

―どれだけの時間を稼げた!?

―三分か!?

―五分か!?

早く、早く行くんだシュテフ!

私が生きているうちに駅まで辿り着くんだ!

そして、つい今しがた枝に結んだはずの最後の地図が消えた感覚を覚えると、後ろを振り向く余裕すらなくなった。その必要も無かった。草木を掻きわけて走る音だけではなく、荒々しい息使までもがすぐ後ろから聞こえるんだ。走った。私はがむしゃらに走った。完全に追われていた。無数の魔物達に追われて走っていた。

「まだだ!」

「まだ死ねない!」

「死んでやる訳にはいかない!」

そう、シュテフ達がミッションをクリアするまでは、こうやって敵を引きつけて、一秒でも長く生きていなくちゃいけないんだ。不意に可笑しくなって吹きだしてしまう。一瞬、我ながら流石に気が触れたか? って、思ったけれど違った。本当に愉快だったんだ。だって、今まで自分にこんな選択肢があっただなんて思ってもみなかったのだから。そう、シュテフが死んで、私が生き残る。はたまた、二人して死ぬ。ずっと、自分に選べるのはそれだけだと思ってた。それ以外は存在しないと思ってた。でも、私は今、こんなにも一生懸命になりながら、三つ目の選択肢を実行している。そう、私が死んで、シュテフが生き伸びるという選択肢だ。

さらに加速しようと足に力を込めた瞬間、ついに魔物の爪が私の着物の背中を裂いた。

痛かった。

でも、私はさらに地面を蹴った。それはまるで、数時間前のシュテフのようだった。自分を犠牲にして走っている。あの時は、彼の気持ちを否定した。理解なんてしてあげたくも無かった。でも、変だね、今は私が同じ事をしてるんだもの。

 ハイディみたいだとも思った。あんなにも辛くて痛い思いをしながらも、彼女は私達を守るために反対方向へと逃げた。そして、頑なに死なないようにと、痛みに耐えて生き続けた。あの時は、その壮絶さが理解できなかった。私には、到底真似が出来ないとも思った。悲しくて、ただただ泣く事しか出来かなった。でもね、今なら分かる気がするよ。

『皆が生きてくれる』

そう思ったから出来たんだよね。なら走る。私もまだまだ走ってやる。一秒でも長く長生きしてやるんだ。絶対に、ちょっとやそっとで死んでやってなるもんか! 

次の瞬間、視界の端に何かが見えた。二度見なんてしなくても分かった。ツェルトの淡い水色の光だった。

―お爺ちゃんがまだ生きてくれている。

それは、とても、とても嬉しい情報だった。そして、それと同時に横っ跳びすると、私はトップスピードのまま地面に転がって強引に方向転換をした。今の今まで私がいた場所に次から次へと飛びかかる魔物達の姿が見えてゾっとしたけれど、そのままの勢いで今度はツェルト目がけて駆け出した。最後の悪あがきとばかりに勇者のパーティメンバー補正の脚力を存分に発揮する。なるべく太い大木めがけて一直線に加速する。そして、まるで球技のフェイントのように細かい重心移動で大木スレスレを駆け抜けると、背後で大きな振動と共に魔物の悲鳴が連続して聞こえた。「ざまあみろ!」と叫んで、そのまま二つ、三つと同じ事を繰り返す。すると、次第に視界が広がって目の前に目指すツェルトが見えてきた。その瞬間、安堵と同時に背筋が凍る。

―案の定、そこにはヤツがいた。

恐らく、最初の一撃で大地を割った時に、あの巨石も砕けたのだろう。随分と背の小さくなった岩に鎮座して、大地に突き立てた鉈に両手を乗せた姿勢で私を待っていた。まったく、何よそのポーズ。東方の戦国武将か何かになったつもり!?

思わずゴクリと息をのみ込む。しかしまあ、なんだ、この究極の選択は。背後には鼻息を荒くする無数の魔物の大群、目の前には待ち構える敵の総大将。どっちを取っても良い事ないじゃない。

―だけどッ!

私は迷わず後者を取った! だって、そっちの方が確実に数秒は長生き出来ると思ったのだから! 

「後は野となれ山となれぇぇぇえええッ!」

最後の力を振り絞ってさらに加速! そして、叫びと共に大ジャンプ。まるで幅跳びの選手のように身体を弓なりにのけぞらすと、私はそのままの勢いで水色の光を飛び越えて、お尻から結界の中に飛び込んだ! 背後から無数の振動と悲鳴が聞こえてくる。おっかなびっくり振り向くと、まるで見えない壁にぶつかったように、追ってきた魔物達が次から次へと結界に衝突して地面に落ちる。最悪、手下達までもが結界破りだったらどうしようかと思ったけれど、どうやらこれは私に軍配が上がったみたい。

―そしてッ!

軍配が上がったのは、この追っかけっこだけじゃない。私はこのミッションに王手をかけた! みるみる結界に張り付いていく無様な魔物どもよ、よくも散々いたぶってくれたわね。でも、もう遅い。ここから慌てて戻っても、シュテフ達には追いつけまい!

「よっこらしょ」と、立ち上がりお尻を叩く。相変わらず強い風が吹いていた。一閃丸を握り両肩で息をしながら巨大な蜥蜴頭と向き合う私の袴を揺らし、女将の証の袖をはためかせ、そして熱く上気した頬やうなじを吹き抜けていた。

「待たせちゃったわね、総大将!」

肩慣らしと言わんばかりにブンブンとわざとらしいくらいに一閃丸を振った私は、相変わらず巨石の上に鎮座して静かにこっちを見ている蜥蜴頭を睨みつけると、八相に構えて息を止めた。

 ゆっくりと立ち上がる姿が見えた。地面に突き立てられた巨大な鉈が引き抜かれると、ヤツはそのまま振りかぶった。

…うん、上出来だ。

自分で自分を褒めるのは社会人としてどうかと思うけど、さすがにこれはよくやったと思うよ。うん、これ以上は時間を稼ぐのは無理そうだ。グッと息を飲んで小さく頷く。遠くで微かに剣戟の音が聞こえた。相変わらずミッションクリアの天命は出ていない。恐らく、敵の見張りの撃破に時間がかかっているのだろう。でもいい。それでも構わない。敵は充分に引きつけた。もう戻っても間に合うまい。シュテフ達の、私達の勝ちなんだ。

ならば充分。私の役目もここで終わり。

 完全に振り上げられた大鉈、徐々に力が込められて弾けんばかりに膨れて行く二の腕。そしてその瞳はまっすぐ私に照準を定めていた。どうやら、足掻きに足掻いた二十八年の人生も、ここが潮時という事らしい。思えばひたすら辛くて長い人生だったけど、振り返ってみるとあっという間だったような気もする。そして、今は、満足している。こんな私でも大切な物が出来た。最後の最後で守る事が出来た。これで良かったと心底思えている。

思い残す事は…

…まあ、あるちゃあ、あるわね。

着物は返せないどころか破いちゃったし、出刃包丁は折ってしまった。

…でも、それよりも何よりも…

一閃丸を構えたまま空を仰ぐ。

言えなかった言葉があるのを思い出していた。

相変わらず、強い風が吹いていた。

瞳を閉じて短く祈る。

風よ。

強い風よ。

どうか私のこの想い、お前に乗せて運んでおくれ。

人生最後のわがままだ。どうか、遠くで戦う彼へと届けておくれ。

ずっと言えなかったこの言葉を。


「シュテフ!

 私はあなたを愛している!!!」


 





「僕もだ」






それは、夜の森を吹き抜けた一陣の風だった。まるで突風のように背後の梢を揺らしたかと思うと、私の耳元でそう囁いて目の前の地面でバウンドした。

「一閃!」

疾風は短く雄叫びを上げると、電光石火の光の一撃を放っていた。下から上への斜め切り、完全に大鉈を振り上げた姿勢の蜥蜴頭の右わき腹から左肩に向けて物凄い勢いで火花と金切り音が炸裂した。私は、瞬きすら出来ないでいた。そして、次の瞬間、二つ目の風が背後の木々を揺らした。茫然と立つ私の視界の端を一瞬きらめいたそれは、まるで赤い閃光だった。一直線、バランスを崩して無防備になった巨大な頭部めがけて放たれ、そして、破裂した。夜の山に魔物の咆哮がこだまする。巨躯が揺れ、片膝が折れて大地を打つと震動が激しく体を揺らした。そして、私は見たんだ、叫ぶ蜥蜴頭の左目に突き立てられた細身の長剣がある事を。それは、信じられない光景だった。私の目の前に広くて大きな白銀の鎧の背中が見えた。振り上げた剣を天高く掲げていた。全ての運動エネルギーを放出してクルクルと宙を舞い、静かに四足で地面に着地した赤い鎧が見えた。

「ごめん、マーシャ姉。思いの他時間がかかってしまった」

「水臭いぞ仲居。こんな楽しそうなパーティ、自分一人で楽しむつもりだったのかよ」

途端に涙が湧いて出た。

それは、それは本当に信じられない光景だった。

「…あなた達、え、駅は」

咄嗟に零れた言葉はそれだった。だけど、私の目の前に立つ月光を浴びた勇者は、うずくまる魔物の大将を睨みつけたまま告げた。

「知っている。昔からそうだ。あなたが胸を張って僕に何かを強要する時は、自分を犠牲にすると決めた時だ。そう、あの荷馬車の夜のように。ならば、今回こそはあなたに向かって僕は駆け出す。二度と繰り返さない。駅へ向かわなかった理由などそれ以外にはない。ずっと、そう決めていた」

勇者の剣を振り上げたままの背中がそう語ると、膝から力が抜けてしまった。そして、私は地面に崩れ落ちた。溢れる涙は止まらなかった。子供のように泣いていた。でもそれは、私の命がけの作戦を無駄にして、わざわざこんな地獄に飛び込んできたシュテフが、この状況が悔しくて泣いたんじゃない。

嬉しかったんだ。

純粋に、心底嬉しかったんだ。

「…勝とう…みんなで…勝って帰ろう」

背を丸めて泣きながら、両手で嗚咽を抑えながら、絞り出すように私は言った。本心だった。ツェルトの結界には、すでに中に入れない魔物達が隙間なく貼りつき、ぐるりと周りを取り囲んでいた。我先へと言わんばかりに、下の魔物を踏みつけて上へ、さらに上へとよじ登ると、歯ぎしりや奇声を上げながら結界の中を覗き込んでいた。それはまるで鳥かご、不気味なケージのようだった。そう、これが最終決戦、命がけの金網デスマッチなのだと私は悟った。

              

  

            (四)

 私の目の前では、壮絶な死闘が繰り広げられていた。シュテフとハイディの奇襲に膝を付き、うずくまっていた蜥蜴頭は、立ち上がると月に向かって吠えた。大気ごと森を震わす咆哮だった。そして、怒り任せの暴風のような、竜巻のような攻撃が始まった。それは、剣技と呼ぶには程遠い、デタラメで、ただひたすらに破壊する。そんな一方的な暴力だった。みるみるうちに周りの地形が変わっていく。あの鬱蒼と茂っていた森はすでにそこには無く、巨石も何も打ち壊され、そして薙ぎ払われていた。

私は、私は動けなかった。

蜥蜴頭が繰り出す斬撃の度に、頬が裂け、切れた前髪が宙に舞った。当たってなんかいない。充分な間合いを取っていた。でも切れていた。それが鋭い振りから生まれるカマイタチなのか、剣圧や魔力の類なのか、そんな事を理解する余裕などなかった。ただただ両腕を頭の前で交差させ、吹き飛ばされないようにするので精いっぱいだった。背後には、私が吹き飛ばされてくるのを野次りながら待つ無数の赤い目があった。

 そんな絶望的な暴風の中、シュテフとハイディは果敢に巨鉈をかいくぐり、そしてさらなる一撃を浴びせていた。止まる事のない波状攻撃だった。

…でも

聞こえて来たのは耳をつんざく金切り音だけだった。無数の火花が飛ぶだけだった。まるで挑発するかのように、大胆にも胸を露わにして月に吠える化け物。その身体にはカケラ程の傷跡すら残っていなかった。そう、これがヤツが『剣技』などを必要としない所以なのだと私は悪寒と共に理解した。全身をくまなく覆う無数の鱗達。それはシュテフ達のいかなる斬撃をも寄せ付けない天然の鎧だった。そして、暴力的な振り回しは、狙いなど定める必要すら無かった。少しでも触れてしまえば、恐らく相手は粉砕されてしまうのだから。

防御無視のデタラメな破壊。

デタラメなスピード。

それでもシュテフ達は戦い続けた。幾度となく、そして数えきれない攻撃を繰り出していた。幾つもの一閃の煌めきが炸裂していた。細身の長剣をダガーに代え、背を丸め、四足で大地を蹴る猫科の動物のようなハイディがいた。切っては弾かれ、突いては振り払われる。まるで羽虫のようにあしらわれてもなお、二人の瞳には闘志の炎が宿っていた。一万回繰り返せば…百万回繰り返せばいつかは…。そう信じて疑わない瞳だった。だけど地図の一枚も出せない完全に魔力を失った私は、ただ、その壮絶な戦いを見守る事しか出来なかったんだ。

「ハイディ! 次は着地と同時に行く! 僕は右から! 君は残った片目を狙うんだ!」

「コンチクショウ! 任せてくれシュテファン!」

荒れ狂う戦場にはすでに頭に響く念話の声は無かった。二人とも絞るように、己を、互いを励ますように、震い立たせるように叫びを上げていた。そして、彼らが同時に大地を蹴った次の瞬間、嫌な記憶が脳裏をよぎった。

…オマエガ、ゴイヅラノリーダーカ

「ダメだシュテフ! ソイツ、人語を理解する!!」

そう、あのおぞましい記憶が蘇っていた。そして、魔物の目がギラリと光った。

それは、完全に狙い澄ましていたかのような瞳だった。

激しい金属音が轟くと、次の瞬間シュテフの身体が大地に叩きつけられた。蜥蜴頭の攻撃、左手一本、怒涛の振りおろし。辛うじて彼は勇者の剣でその直撃は防いだけれど、叩きつけられた身体は無情にも無防備のまま地面で激しくバウンドした。そして、それと同時に、残った右手の裏拳がハイディの全身をとらえていた。まるで巨大な鉄球が衝突したかのような打撃で飛ばされた彼女の身体は、そのまま横一線に吹っ飛ぶと、幾つかの木々をへし折り、あわやケージの外へ飛び出すかと思われた瞬間に大木に激突してそのまま力なく根元に落ちた。白目を剥き、倒れた身体は激しく踊るように痙攣をしていた。手足があらぬ方向に曲がっていた。私は思わず二人の名前を叫ぼうとした。でも、その刹那、再び激しい金属音がこだました。慌てて振り向くと、そこにあったのは、大地に片膝をついたまま辛うじて頭の上にかざした勇者の剣で蜥蜴男の二撃目を受け止めているシュテフだった。

ピキンッ

と、嫌な音が響き渡る。そして私は見た、刃こぼれした勇者の剣を。

絶体絶命だった。勝負あったと思われた。でも、シュテフは受け止めた巨鉈を振り払うとフラフラと敵の懐へと進み、またしても一閃を放っていた。そしてゆっくりと、でも徐々にスピードを上げた彼は、単独のまま攻撃をかいくぐり、魔物の身体に火花を散らす攻撃を再開した。その悲痛な姿、満身創痍の連続攻撃に私は目が離せなかった。怖くて、辛いのに、釘付けにされていた。

―でも、その時だった。

一瞬、何かが見えた。見えた気がしたんだ。それは、最初はただの目の錯覚だと思った。でも、ゆっくりと視線を横にずらした途端、それは確信へと変わっていた。光っていた。大地に倒れるハイディの体が淡く緑色に光っていたんだ。あらぬ方向に曲がった手足はいつの間にか元に戻り、正気を取り戻した彼女は震えながらも立ち上がろうとしていたんだ。その瞬間、私は理解した。そう、それは治癒魔法の光だったんだ。

『シュテフ! たぬき寝入りしてるお爺ちゃんがいる!!』

『!?』

『ほっほっほ… すまぬのう、えらく長い間、三途の川のほとりを散歩しておったのじゃが、姉様夫婦に見つかって叱り飛ばされてしまったわい。礼を言う。お譲ちゃんが残してくれたユンカーが転がっておったおかげで一命を取り留めたわい』

『…ツッ…で、ジジイ…あんた動けるのかよ!?』

『すまぬ、それは無理そうじゃ。折れた大木の下敷きになっておる。ヤツの後方じゃ。頭部の破損も酷い。今は念話が関の山じゃな』

『ヨーゼフ! ならば君の知恵を貸して欲しいんだ! 君なら知っているんじゃないのか! 上級リザードマンの倒し方を!?』

無茶苦茶な連撃を紙一重で交わしながら尋ねたシュテフの言葉に、ヨーゼフはほんの少しだけ言葉を詰まらせた。

『…お前さんら二人で倒すのは…無理かも知れん。コヤツの身体を覆う無数の鱗。それは独立した鎧のような物じゃ。一枚一枚がとんでもなく固い。それを証拠に、お前さんの一閃でも引っかき傷すら付かなかったのじゃろう? 若い時分、このような敵と戦った事があるが全盛期の頃のワシの刃とて切り裂く事は叶わなんだ』

『じゃあ何か!? ここまで来て諦めろってーのかよ! 犬死にしろってのかよッ!』

私の脳裏に『詰んだ』という文字が浮かんだ。たぶんそれは、皆が同じだったのだと思う。でも、一瞬静まり返った念話回線に、突然お爺ちゃんの笑い声が聞こえた。

『ワシは、無理かも知れんと言っただけじゃ。…それに、二人では…とも言うたはずじゃ。もう一人おるではないか、ワシらの切り札、最強の大魔女様がのう』

『…えッ!? な、な、なになに、何なの? わ、私!???』

突然、後頭部を一閃丸で殴られたような衝撃を受けた。そ、そりゃあ、参加出来るものならば、私だって一緒に戦いたいわよ。でも、実際は風避け程度にもなりゃしないから、さっきからここで指を咥えて見てるしか出来なかったんじゃない。それを、切り札って!?

『わ、私に何が出来るって言うのお爺ちゃん! 言っておくけど、地図を期待してももう無理よ、魔力はさっき全部使い切った! 自然回復も無理、足りない! 一枚も出ない!』

『…魔力? そんな上等な物はいらんよ』

『でも私、それしか出来ない能無しだ!!』

だけどその時、蜥蜴男の背後の闇がキラリと光った。私を見つめるお爺ちゃんの瞳だった。

『お嬢ちゃん、お前さんは忘れておるのではないか、ここがツェルト(宿泊結界)の中であるという事を。ここは一般のフィールドではない。魔物の入れぬ拠点。勇者の宣言によって具現化されたその扱いは、簡易的で小規模と言え街や村と同等。現に、最前線の大討伐隊、キャラバンでは防具の手入れのために鍛冶屋を同行させる者もおる』

その瞬間、私の頭に衝撃が走った。そしてあの、蜥蜴頭との出会いがしらの一撃、身体が輪切りになったはずの私がなぜ生きていたのか。どうしてヤツがいつまでも、あるはずもない私の死体を探してツェルトの中に留まっていたのか、その本当の答えを理解した。

『…お、女将さんが守ってくれてた』

そう、ヤツは私を輪切りにした感触と、その最後の瞬間を目の当たりにしていた。それが答えだった。そう、このツェルトの中では女将の証、藤色の着物の『のらりくらり』が発動していたんだ。十五人の女将さん達が試行錯誤の末に編み出した、街の中でしか使えない擬似スキル。お客さんに悪戯されても角が立たないように、悪意や邪な感情を察知すると触ったような感触と幻影を見せる。それがツェルトの中だから発動していたんだ。そう、またしても私は守られていたんだ。そして、静かに呟いた。


『…シュライフ(研磨)が…使えるん…だね』


『そうじゃ。お前さんの伝家の宝刀がここでは使えるはずじゃ。ハイディのヤツが言うた事もあながち嘘ではなかったのう』

『で、でもそれでどうしろって言うんだよ爺さん! 魔法使いの仲居じゃあんな天然のミキサーの中に入れるワケがねぇだろ!?』

『三歩じゃ、たったの三歩だけで良い。ヤツを後ろに下がらせてはくれぬか。さすれば、ワシが虚を作る。お譲ちゃんが渾身の一発をコヤツに打ち込む絶好の隙をの!』

『でも、お爺ちゃん! もし飛び込めたとして私はどうしたらいい!? 連打なんて出来ない! 鱗が一枚一枚独立してるって事は、砕けても一枚や二枚! そんな針の穴、一閃の軌道では通らない!』

『…うむ、一閃の太刀筋は『弧』一点を穿つのは無理じゃろうな』

『……』

『ならば、突けば良いだけじゃろ?』

『突く!? 突いてどうにかなるのかよ! 蚊が刺したようなモンだ! 一閃じゃなきゃ無理だろ!?』

『…いいや、そうでもない。一か所あるじゃろ? 確実な場所が。攻撃力が低かろうが、当たりさえすれば無条件で絶命させられる即死の急所がの!』

『心臓ッ!』

『心臓!』

『脳みそだな、ジイちゃん!』

若干名を覗いて綺麗に声が重なった。

…ゴクリと喉が鳴った。

握った拳が震えていた。

正直、見れば見る程に自信なんて湧いて来なかった。完全に巨鉈の射程外のこの距離からもその巨躯は大きくそびえ立ち、心臓は完全に見上げる位置にあった。恐らく、ここから助走をつけても、私ではあの高さに届くまい。

それに…

この大一番の局面で、私にそんな大役が務まるのだろうか。この、ポンコツで、不器用で、いつも大事な場面で失敗ばかりしていた私にそれが出来るのだろうか? 永遠に感じる短い時間の中、私は俯きひたすら自問自答を繰り返しながら震えた。だけどその時、頭の中で声がした。シュテフの声だった。優しい、まるで春風のような響きだった。

『マーシャ姉、僕達が今もまだ生きているのはあなたのお陰だ。本当なら、開戦と同時に失っていた命だ。ならば、もとより無かったこの命、煮るなり焼くなりあなたの自由だ。失敗しようと誰も文句など言わない。…本当は、あなたには戦って欲しくない。でも、僕も覚悟を決めた! これが最後の戦いだ。皆で勝つ! そして、あなたが進む道は、僕達が作る!!』

その言葉と同時にシュテフが飛んだ。ハイディも四足で地面を蹴っていた。そして、再び激戦の火ぶたが切って落とされた。


 目の前で繰り広げられるのは地獄絵図。猛威を振るう竜巻と、再び果敢に飛びかかるシュテフ達。幾つもの数えられない火花が散り、巨鉈の斬撃と共に飛び散る木々やケージの外の魔物達。巻き起こる突風。それでもなお、二人は挑み続けた。

―そう、私が懐に飛び込み、一撃を入れる隙を作るために。

それは吉兆であるかのように思われた。蜥蜴頭は夢中だった。ただひたすらに二人に向かって攻撃を仕掛けていた。その眼中には、大した戦闘力も持たず、加勢するどころか棒立ちになって眺めるだけの私など入ってなかったのだろう。ましてや、背後で息を殺して潜むヨーゼフの存在など。私はグッと息を飲むと、逸る気持ちを抑え込んで『その時』が来るのを待っていた。

『シュテファン!』

『大丈夫! かすり傷だ!』

巨鉈の切っ先が暴風と共にシュテフの肩を撫でると、血吹雪と同時に白銀の肩当てが宙に舞った。完全に逆上したハイディが飛びかかる。そして、魔物の巨大な首筋に火花が散った。シュテフもまた、抜刀と同時に大地を蹴っていた。私は、何度も前に出した右足に体重をかけては力を抜く、そんな行為を繰り返していた。行こうにも行けない。懐に飛び込むのなんて無理に思えた。でも待った。ヨーゼフが作ると行った『その時』が来る事を。

 そして、延々と続くと思われた硬直した時間は徐々に動き始めた。まるで恐怖を知らないかのような二人の波状攻撃に、一歩、また一歩とその巨体が後ずさりをしたんだ。その瞬間、背後の梢に潜むヨーゼフの身体が輝き出した。

『うむ。そろそろワシも参戦するとしようかのう。こいつはとにかく詠唱に時間がかかるのでのう、お前さん達と話せるのはこれが最後やも知れぬ。じゃから… 生きよ! 愛する孫どもよ! そして、どんなに辛く苦しくとも足掻け! 手を伸ばせ! 伸ばす事を諦めるな! 苦しくても、それが限界だと思ってもさらにその先に手を伸ばせ! そして、皆で笑える未来を掴むんじゃ、良いな!』

そして、念話の回線に乗って長い長い高速の呪文詠唱が聞こえ始めた。私は耳を疑った。なぜならそれは、僧侶系の魔法ではなく、魔法使い系の呪文だったんだ。それを証拠に彼の身体は薄緑色ではなく赤く輝き、少しずつ膨張し始めていた。聞いた事のない幾つもの言語の組み合わせは、既存の魔法では無かった。恐らく誰かが作ったオリジナルのプログラム。そう、それが魔導書何冊分の詠唱かは分からない。でも魔力の種子内に魔法使い系の呪文を持たない彼は技を具現化させるために一語一句誤りなくそれを唱え切るつもりなんだ。私が、私の拳が魔物の心臓に届く隙を作るために。

『お爺ちゃん!?』

『ジジイ! てめえ何やってやがる!? 自爆なんて絶対にさせねぇからな!』

『自爆!? ヨ、ヨーゼフ、君はいったい!?』

『シュテファン! 仲居! 頼む! お願いだよ! このままじゃ爺ちゃんが死んじまうよ! その前だ! この詠唱が終わる前にあたし達だけで何とかするんだ! 頼む! お願いだよ二人ともッ!!!』

叫ぶと同時に、ハイディは泣きながら大地を蹴って飛び上がった。そして、私もシュテフも同時に頷いた。ぐっと拳を握りしめて、両足に力を込める。多少身体のどこかが千切れてもいい。この拳だけは絶対に当ててやる。私は覚悟を決めていた。

―そして、その瞬間は唐突にやってきた。

だけどそれは、チャンスの到来では無かった。

絶望の時が来てしまったんだ。

 それは、正に天空に轟く雷鳴だった。シュテフの一閃の軌道とはまるで逆、空から落ちてくる雷を纏った膨大な力の塊。蜥蜴男の必殺の一撃だった。爆風で大地がえぐられた。ただでさえ暗い森に折れた木々が、土埃が舞いあがり月をも隠して何も見えなくなった。そして、徐々に取り戻した視界の先にある光景に私は思わず息を飲んだ。それは、電撃に当てられ横たわるハイディと、えぐれた大地の中心、頭の上で真横に構えた勇者の剣で巨鉈を受け止めているシュテフの姿だった。そして、私はさらなる戦慄を覚えた。受け止めた勇者の剣に大きな亀裂が走っていた。そう、酷使しつづけた剣は限界を向かえていたんだ。でも、それだけじゃ無かった。膝を折り、暴力的な圧力に耐える彼の全身は細かい痙攣を起こし、意識が飛びかけた瞳はすでに焦点を失って泳いでいた。そして、緩やかに振りおろされた鉈から圧が抜けて再び振り上げられると、シュテフの両手は傷ついた勇者の剣を握ったまま力なく地面に落ちた。完全に我をうしない、口を大きく開けたまま呆けた顔で空を見上げていた。

―終わった。

 私達の反撃は終わってしまったのだ。

もし、振り上げられたあの大鉈が再び降り下ろされれば、私達の全てが終わってしまう。そう理解した。きっと、私の心も折れてしまったのだろう。今の今まで強く握りしめていた拳にも、全く力が入らないのだから。何だかとても申し訳ない気持ちで心がいっぱいだった。これはどうにも生きて街には戻れそうにない。頭にはみんなの顔が浮かんだけれど、目を合わす事が出来なかった。お爺ちゃんにしてもそうだ。せっかく『手を伸ばせ』なんて素敵な言葉をくれたのに、何処に向かって伸ばしていいのかすら見えやしない。

だけど、その時だった。

私は自分の異変に気がついた。視界が揺れていたんだ。そして、理解したんだ。自分の目が回っている事に。いったい何が起きている。私まであの電撃に当てられていたのだろうか。それとも、絶望で今から失神するというのだろうか。

でも違った。

気が付くと、腕が大きく前後に振られていた。

視界が、上下に揺れている事に気が付いた。

足元で、折れた枝を踏み抜いた乾いた音が聞こえた。

―そう、私は駆け出していたんだ。

完全に身体はコントロールを失っていた。

誰がこの体を動かしているのか分からなかった。

でも、私は必死に大地を蹴って走ってたんだ。

叫んでいた。

必死に、彼の名前を叫んでいた。

落ち葉に滑りながらも手を付いて耐え、さらに強く大地を蹴っていた。

一直線、シュテフ目がけて。

足が、身体が、そして心が軽かった。

そして、ついに蜥蜴頭とシュテフの間に割って入ると、大きく両手を広げ目の前にそびえ立つ巨大な魔物を睨みつけていた。

そうだ、そうなんだ。こういうのが一番しっくりくる。うん、懐かしい感じだ。私の後ろにシュテフがいる。いつだってそうだったんだ。『この男を守りたい』その思いが身体を、心を動かすんだ。


「お前なんぞに、愛しいシュテフを切らせやしない!

 いいや、このか細い私ですらだ!

 キサマの刃では、暴力では私達は切れない、屈しない!

 やれるもんならやってみろ、この蜥蜴野郎!

 お前に切れるか! 私のこの魂が!」


 視界の先には、大きく張り出した鱗だらけの胸板があった。そして、これが待ち望んだ『その時』なのだと悟った。…でも、駄目だった。実際に対峙してみて分かる、この魔物の大きさが。私とコイツでは身長差がありすぎて、どう足掻いても怒りにまかせて両手で鉈を振り上げているそのむき出しの胸には拳が届きそうにない。

―ならば…

 まあ、仕方がない。

 ゆっくりと流れる時間の中、私に向かって振りおろされる巨鉈が見えた。不思議なもので、その刃こぼれの一つ一つ、傷の一つ一つが本当に良く見えるんだ。

 お爺ちゃんの詠唱はまだ続いていた。魔物の足の隙間から見える背後の梢では、ますます集束する赤い魔力の塊が見えた。こういうのは、間に合ったというのだろうか。それとも、間に合わなかったと言うべきか。でも、これでお爺ちゃんも生き伸びれるだろう。女将さんの旦那さん、二文字さんの後ろから仲よくする二人をずっと見てたんでしょ、ヨーゼフ?  じゃあ、約束だ。もしも生きて帰ったなら、今度こそちゃんと告白しなさいよ。約束だからね!

…あら?

なによハイディ、あなたももう起きてたの? でも、なにそれ、凄い顔。せっかく美人に生まれたのだから、そんな涙とか鼻水とか出して顔をクチャクチャにしない。…あれ? って言うか、あなたまで私の名前を叫んでるじゃない? ねえちょっと止めてよ、いつも通りの『仲居』でいいよ。まったくもう縁起が悪いったらありゃしない。せっかくお月さまが綺麗な夜なんだから、雪とか降ったらどうするの。

…あのね、ハイディ。最後に一つだけお願いするよ。

これからも、シュテフの事を助けてあげてね。

 背後からは、私の名を呼ぶ大好きな声が聞こえてきた。どうやら私が大声でタンカを切ったから目が醒めちゃったみたい。うん、でも良かった。

―ならば、大丈夫。

大きく広げた左の肩口に、巨鉈がめり込む感触が走った。バキリと鎖骨が折れる音や肉を断ち、どんどん身体が裂けて行く振動が伝わってきた。痛みは無かった。たぶん、それを感じる頃には私は生きてはいないのだろう。

…左の乳房は守れなかった。

 死んだ後でもいい、見て欲しかった。触れて欲しかった。

 だけど、それもどうやら無理そうだ。

でも、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったものだ。だって、女である証、片方の乳房を失う代わりに私は見たんだ、完全に鉈を振り切り、背を丸めた蜥蜴頭の胸が手を伸ばせば触れそうなくらいにすぐそこにあるのを。

―私はこれを待っていた。

右手の拳に力を込めてしっかりと握りこむ。

残った生命力、想いや願い。自分の全てを注ぎ込む。

そして、ありったけの私をその心臓めがけて打ち込んだ。


『シュライフ(研磨)!!』


それは、奇妙な手ごたえだった。あんなに硬いと思っていた鱗が、まるでクラッカーでも叩いたみたいに拳の先で簡単に砕け散ったのだから。

ほら皆、見てくれた!?

最後の最後にやったよ私!

やっぱり凄いんじゃない、私!



「今だ、シュテフ!! 

 私ごと穿(つらぬ)け!!!」



それは、まさに奇跡だった。もう肺も潰れ、声なんて出せないと思ってた。でも出た! 出たんだよ! 薄れ行く意識の中、この一言が叫べた幸運を、私は神様に感謝した。


 私は生きた。不器用だったけど、思い切り生きた。天国のお父さんとお母さんに会えたなら、胸を張っていっぱい土産話をしてあげよう。素敵な人達に囲まれて嬉しかったこと。仕事にも、仲間にも恵まれて充実していたこと。そして、短い時間ではあったけど、命をかけて一人の男を愛せたことを。

 完全に視界が真っ白になってしまう間際、私はさらなる奇跡を見た。うん、それはほんのちょっとだけだったけれど、ちゃんと見えたんだ! 深々と、蜥蜴頭の胸に突き刺さり、月光を受けて光り輝くシュテフの剣が!


憧れた職業にはどれも就けなかった。

子供の頃、思い描いてた未来の自分になんてなれなかった。

…そう思ってた。

でもね、最後の最後になれたんだよ!

本当になりたかったものに! それはね…


幸せ!


消えゆく意識の中で私は聞いた。

眩しいクエスト達成の天の声を。


そうだ、私達は歩く。

辛くても歩き続ける。

私達は手を伸ばす。

疲れてしまっても手を伸ばす。

そして掴むんだ!

最高の世界(みらい)を!


バイバイ、シュテフ!

大好きな仲間達!

またいつか会おうね!


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