生活を噛み砕くと、意外に苦い味がした。

いありきうらか

第1話

目覚ましなしで目が覚める。


誰が購入するのかわからないものをテレビは売っている。


朝に抵抗してもう1度眠る。


目が覚めると昼。


罪悪感が僕を叩き起こす。


別に何をするわけでもない。


電子的な画面の見過ぎか、窓の外は霞んで見える。


雨は降ってない。


テレビをつけると、芸能人の肩書を取れば普通の人間が映ってる。


それらしいことを雄弁に語っている。


ネットでは、その言葉にああだこうだ言う。


次の日にはもう忘れているくせに。


長時間眠ったのに、眠い。


入り口から水が垂れる。


人間の心より遥かに透明なコップに水を入れる。


体内に流し込んでも僕の中の黒はまったく薄まらなかった。


少し汚れたバスタオルを洗濯機の口に入れた。


寝癖をそのままにして外に出る。


公園は子供の声で賑わっている。


楽しさを見つける才能を持った彼らは、日常の不幸など眼中にない。


親は気怠そうにスマホを見ている。


止まれの標識を無視した車が、猛スピードで走っていった。


アスファルトには大量の労働時間が埋められている。


歩くと何かに飲み込まれそうだ。


自分で作れば半額以下で済むものをコンビニで買う。


手間とお金の拮抗した試合。


自由なのに自由ではないアルバイト。


暇つぶしにクレームを入れる大人。


こいつらの喉を誰かが引き裂いてくれればいいのに。


僕がもし明日死ぬのならば、そういう奴を片っ端から八つ裂きにしよう。


布団に寝転ぶ。


また明日が来る。


ビニール袋から出した商品は、コンビニで見た時よりも小さく感じた。


子供の頃、あれだけ好きだった砂糖が、大人になってから受け付けない。


お金はあるのに、子供の頃に欲しかったものはいらないものになっていた。


自分の思想に合うコメントを探して、いいねを付ける。


欠伸が止まらない。


明日がもうすぐ来る。


寝たくない、眠い。


かといって、することもない。


仕事にでも少し、手をつけようか。


いや、やはり眠い。


横になる。


テレビが話しかけてくる。


「旬の食材を使った、最高のレシピ…」


腐った僕を生ごみに入れてください。


睡魔が憑依した肉の塊は、布団の上を転げまわる。


体温で温くなった布を無理やり肌から引き剥がした。


スマホの通知を見ると、興味のないニュースが流れてきた。


そのニュースを僕は丸めて飲み込んだ。


飲み込んだニュースは、胃の中の食べ物と混ざりあった。


液体が僕を支配している。


汚い何かが僕の頭を飛び出した。


歩き出す何かは、部屋の中を破壊しだした。


泥棒が入られた後のような景色。


その中に、黒い人形がいた。


人形は僕に話しかけてきた。


「あなたは誰の物でもないのに、誰かのものですか?」


「誰かはあなたの物ではないのに、あなたは誰かの物ですか?」


「あなたはあなたのものですか?誰かはあなたのものですか?」


「あなたは内臓を食べましたか?」


「内臓は変色していますか?生命を維持していますか?」


「声帯はエコ運転ですか?」


「鼓膜の無駄遣いですか?」


「その体は、惰眠を貪るためのものですか?」


「頭は、誰よりも優れていないのに、一番であろうとしますか?」


「足裏は、あなたの体重を支えることを拒否しています」


「腰は、あなたの体に潰されることを良しとしていません」


「あなたの心は、何色ですか?」


「体が汚いですね」


「シャワーを飲みますか?」


「素朴な疑問をみじん切りにしてください」


「怒りや悲しみを、ガソリンにしてください」


「あなたが費やしたお金は、すべて脂肪に変わってしまいました」


「日曜日は誰のものですか?」


「あなたが過ごした日曜日は、誰かが過ごすはずだった日曜日です」


「綺麗事は、本当に綺麗ですか?」


「キャスター付きの感情が、あなたの元へやってきましたよ」


「インターホンを使うのは、他人だけですよ?」


「社会の歯車に巻き込まれても、労災は下りませんよ」


僕は、人形を右手で掴んで、窓に投げた。


窓は割れて、人形は駐車場に落ちた。


タイミングよく、ワゴン車が人形を踏みつぶして走っていった。


僕は、天井を見つめた。


左手にはいつのまにか、灰色の塊が握られていた。


塊をよく見ると、生活、と書かれていた。


その塊を僕は、口の中に無理やり詰め込んだ。



生活を噛み砕くと、意外に苦い味がした。

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生活を噛み砕くと、意外に苦い味がした。 いありきうらか @iarikiuraka

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