軽くて小さな空っぽ

 灰になった祖母は軽くて小さな空っぽだった。

 私は窒息しそうだからもうすぐ死ぬ予定だ。動かす度軋む身体はコンクリートで、葬式に向かうのにも骨が折れた。くろぐろがたくさん泣いていた。私はくろぐろに囲まれながら、どうして祖母が死ぬ前に死ななかったんだろうか。祖母が死ぬ前でなくとも、今ここに来るまでで死んでおけばよかったのではないだろうかと考えていたから、話しかけてくるくろぐろの声は聞こえなかった。

 葬儀は進んで、祖母が燃やされて灰になった。灰になった祖母は軽くて小さな空っぽだった。くろぐろが灰を囲んでいたからそのコントラストで祖母が余計白く見えた。

 祖母のくしゃっとした笑顔も漬物を作っていた手もおおらかな声もいつかニューヨークに行きたいと言っていた言葉も健康のためにと歩いていた脚も祖父が死んで寂しがっていたことも、最後はこの、軽くて小さな空っぽ。私もいつかは軽くて小さな空っぽに。

 ぱっと身体が重さをなくした。コンクリートだった身体は嘘みたいだった。私は駆け出した。周りのくろぐろの制止も聞かずに。

 気付いたら知らない街にいた。私は走っていた。重さをなくした身体はどこまでも行けそうだった。段々と夜が近づいているがどうでもいい。どうせどうなったって最後は軽くて小さな空っぽだ。だったらどこまでだって行ってやる。

 上司も両親も元同級生も元恋人もあのくろぐろも最後は軽くて小さな空っぽだと思ったら笑えてきた。笑った。私の身体をコンクリートにしたものは全部そうなる。窒息はしなくてすみそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る