可愛くなりたい醜い子

 あなたはママの顔を否定しているのねって言われました。

 別にそんなつもりないんです。ただ私は自分の重い一重瞼が、大きくて低い団子鼻が、縦長の大きい顔面が、長い顎が、のっぺりとしたほっぺが、黄ばんだ肌が嫌で嫌でしかたなくて大嫌いなだけなんです。

 自分がブスなことが当たり前すぎてぽろっと言ってしまっただけ。私にとって自分がブスであることは、空が青いのと同じくらい当たり前のことなんです。それからママはちょっと悲しそうな顔で、そんなにママから貰った顔が嫌なら整形すればって言いました。私は整形して失敗して福笑いみたいになったらやだからやだって答えました。ママはじゃあ一切のリスクがなかったらあなたは整形するの、と聞きました。私は迷いなくそうだと答えました。ママは怒った顔でいつもより早口でこう言ったんです。


 そう、あなたはあなたのオリジナルがなくなってもいいの。

 別にそんなつもりじゃないよ。

 だってそういうことでしょ。整形して別の顔になるんでしょ。とわちゃん(ママは私が大好きなアイドルの女の子の名前を言いました)になりたいんでしょ。

 違うよ。確かに私はとわちゃんみたいな顔の系統になりたいけど……。

 違う顔になったあなたは本当にあなたなの? 私の娘なの?

 私は私だよ……。

 もっとさ、ありのままのあなたを愛してみようよ。元の顔を生かしてメイクしたり、素敵なお洋服着たりすればいいじゃない。

 してるよ。少しでもマシになろうと思って自分の顔に合うメイクを研究して練習した。服もできるだけ着こなしたいから太らないように気をつけてる。大好きなお洋服着てる。でも、鏡見ると悲しくなるんだ。素敵なお洋服を着て素敵なメイクをした、ちょっとも素敵じゃない私を見ると。

 とっても似合ってるのに、どうしてそう思うの? 多分あなたは周りの目を気にしすぎなんだよ。顔なんてね、ついていればなんだっていいのよ。

 

 ああ、この人とは分かり合えないな、と私は悟りました。

 私は自室に引きこもると一番のお気に入りの黒くてひらひらしたお洋服を取り出しました。

 ママは私はブスじゃないと言います。ママは私のことをとても愛していてくれて、だから私が私を嫌いで、否定してしまうことが悲しいんだと思います。

 でもありのままの私を愛する。なんて無理です。誰もが自分のなりたい姿で生まれることができないのに、気がついたら背負わされているものを愛せ、なんて酷いじゃありませんか。私の背負っているものはぐちゃぐちゃして醜いのです。私はその背負わされている物のせいで何度頬を濡らしたか数えきれません。

 ありのままの自分を愛せたらどれだけ良かったでしょうね。きっとピンクのひらひらのかわいいお洋服だって躊躇なく着れるし、お出かけの三日前から病むこともないのでしょうね。もっと自信を持てて、きっとクラスにいる誰にでも優しい可愛い女の子になれたのかもしれません。

 でも一度でも自分を醜いと思ってしまったらもう戻れないんです。自分をお姫様だと勘違いしてた幼い私には。

 なりたい私になりたいのになれない事がどうしてこんなにも苦しいんでしょう。醜いアヒルの子みたいなことはそうそう起きません。

 どんなにメイクを勉強してもとわちゃんにはなれないのです。

 私は黒いひらひらの服を着ました。黄ばんだ肌を真白に塗って、アイライナーで偽物の目を描きます。アイラインを引いたところまでが目。まぶたを真っ黒にして、真っ黒な口紅で薄くて貧相な唇の形を変えます。

 私はそのまま家を飛び出して、電車に乗ります。キラキラしたところへ行きます。つまりは原宿です。

 私は可愛いを買いあさります。キラキラした街で私は可愛いを買いあさります。可愛いものを塗り重ねれば私も可愛くなれるから。嘘です。なれないのはとっくの昔に気付いていました。憧れを抱いてこの街にきた時に気づきましたから。

 可愛いもの。可愛いもの。可愛いもの。たちまち私の両手は可愛いでいっぱいになりました。周りには可愛いものしかなくて、両手にも可愛いものしかなくて、私は可愛い服を着ています。私が私である以上、鏡を見ない限り私は見えません。だから今の私がどんな顔か私はわかりません。だから今この時だけは私は可愛い女の子です。とわちゃんです。

 なのに、両手のキラキラに反射して、私の醜い顔が写りました。泣きたい。

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