第31話 あっという間に追いついて・・・

 関口泰光君は、岡山県内の地元の全日制の普通科高校に入学したものの、部活動でいじめに遭い、不登校になった。出席日数も足りないため、もう一度、1年時からやり直すことになった。

 当時彼も、彼の両親も、大検という制度を詳しくは知らなかった。その普通科高校の教師は、高校をやめて大検を受検するのはいいが、18歳にならないと受験できないし、問題も難しいから、とりあえず、もう一度1年生からやり直したらどうか、部活動は、無理にしなくてもいいじゃないか、などとなだめて、結局、「留年」して高校生活を継続することになりかけた。

 

 そんなとき、玉野市の真鍋氏の存在を聞き、3月中旬のある日、真鍋氏宅に相談に訪れた。

 真鍋氏は、関口君に「大検と通信制高校の併用」を勧めた。彼の学力からすれば、大検は1度で合格し得るし、地方の国立大学なら現役合格の可能性も十分あると判断できたからである。真鍋氏は先ほどの教師の「大検は18歳未満の受験を認めていない」というのはまったくの誤りで、難易度も県立の進学校に合格できる能力があれば1年時でも十分全科目合格できるレベルのもので、6割程度できれば合格、ひょっと4割程度しか得点できていなくても合格できる可能性さえあるのだ、と説明した。

 後に聞くと、真鍋氏は、大検の合格基準を直接文部省(当時)の担当者に電話で問い合わせていたという。


 彼は早速、在籍している全日制高校を退学し、通信制高校へ「転入」した。こうすれば、高校在籍期間が途切れることもない。うまくいけばあと2年で「高卒」の資格も得られる。

 教師はさらに何かなだめようとしたようだが、彼はその教師とは話をせず、校長室に赴き、「転学届」を叩きつけるように提出して、学校を後にした。

 実はそれまでに、親戚の法律関係の仕事をしている人のアドバイスをもとに、かの教師が大検について虚偽の情報を提供したということで、岡山県教育委員長あてに内容証明郵便を作成して送付し、到着を見計らって県庁の学事課に抗議文を持参した。

 校長はすでに県教委から情報を得ており、自身はもとより教諭各位に対しても、根拠に基づかない憶測レベルの進路情報を流すなと叱り飛ばされたそうだ。

 関口君は件の教師とは目も合わさなかったそうだが、後で聞くと、そういう人間は追い詰められたら情緒論しか述べないし、そんなものが役になど立つわけもなく、時間の無駄でしかないから、相手にもしなかった、と言っていた。

 

 彼は転学と同時に、大検の受験勉強を開始した。

 あいにく留年することとなったため、高1時点で取得できた単位がない。

 受検するなら全科目ということになるが、やむを得ない。大検対策と同時に、本屋に残っていた岡山大学の赤本とセンター試験の過去問を買い込み、そちらの勉強も始めた。

 その年の大検は、準備不足もあって3科目ほど落としたが、ほとんど合格。現在の高認と異なり、当時の大検はまだ必要とされる科目数が多く、そのため1年弱で準備の間に合わない科目が発生してしまい、1科目だけ落してしまう、というケースもままあった。

 もっとも彼の場合、通信制過程との併用をしているので、翌年末で2教科免除科目ができた。それを利用して高3の年に免除申請を提出して再受験、残り1科目は難なく合格した。それと並行して、センター試験と二次試験で必要な国語と外国語(英語)の記述対策を開始し、大検終了後はそちらにすぐさまシフトした。

 通信制高校は、大検合格後即刻退学してもよかったのだが、彼はそうせず、岡山大学の二次試験終了後、退学届を提出した。

 この年仮に不合格となっても、大検があれば来年以降はそれで受験資格があるから、もはや高校にいる必要はないと判断したからだ。

 

 果たして彼は、岡山大学経済学部に現役合格した。

 さて入学式の日、同じ学部には、高校時代同じクラスだった男子生徒がいたのだが、彼は関口君の姿を見て、びっくりしていた。

 なぜここにいるのかと聞くので、大検をとって大学を受験して現役合格したと述べた。この頃はようやく大検が世間に知れ渡り始めた頃だったので、そういう学生の出現には、まだまだ「意外性」をもって見られることが多かったが、彼もまた、その例にもれなかった。

 関口君は大学卒業後、ある大手企業に採用され、現在も勤務している。

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