第29話 大検から大学へ2 ~ 学校を「変えて」どうなるの?
先ほどの蘇我氏の話で登場した山口政信君も、兵庫県内の普通科高校を高1修了と同時に中退し、その年の夏の大検で残り科目全部に合格した。
そんな彼も、中退したときはかなり動揺していた。
それが証拠に、ある日突然真鍋氏宅に電話をかけ、その日の夕方にも岡山県南部の玉野市にある真鍋氏宅に駆け込むようにやってきたという。
真鍋氏は、大検の制度を開設し、彼の場合はどういう形で高校の免除科目を生かせるか、残りの科目はどれをとっていけばいいかなどを説明した。
それで、彼の道は開けた。
学力的には非常に優秀な人物だったとはいえ、彼はその年の年度末で満17歳。
大検に合格していても、年度内に満18歳に達する者でないと、大学の受験資格はない。大学によっては近年「飛び級」を用いて高校2年時修了と同時に大学に入学できる制度を作ったところもあるが、当時はそんなものはなかった。
もしそれをしてしまえば、いくら成績順ではなく達成度だけで合否を判定するとはいうものの、大検の本来の役目である勤労学生のための制度という趣旨が大きく破壊されるばかりか、何よりも、高等学校教育が成績上位層を中心に崩壊し、受験競争が過熱化してしまいかねないからであるというのが、その趣旨であった。
山口君もまた、1990年2月に真鍋氏の主催された「大検の集い」に参加し、そこで蘇我君と会い、同級生ということもあって、意気投合した。
山口君は、蘇我君と創刊したミニコミ誌で、こんなことを書いた。
確かに私は、通っていた学校に不満を持ちつつも、学校を変えていこうとはしなかった。
しかし、学校を変える行動を起こして変えられる保証もない。
よしんば変えられたとしても、それが他の生徒や先生たちにとって良いことになるのか?
そうなるとは思えなかったし、そもそも変えたくない、あるいは変える必要のないと思っている人たちと争ってまで変えることでもないし、変えられて迷惑する生徒の方が、むしろ多いはずである。(以下略)
これが義務教育である小学校や中学校、あるいは明らかに任意で進学するべき大学や大学院ならいざ知らず、高等学校という「学校」は、進学率がほぼ100%となった現在においても、「義務教育」とはされていない。
つまり、行かなくてもいいわけだ。
その割には、「みんな行くところ」という認識もできてしまっている。
これが「集団就職」の名のもとに地方の中学を卒業した少年少女が一斉に都会に出ていくような時代ならともかく、こんな時代に「高校に行かない」というのは、どういうことなのだろうかという気持ちになるのも、無理はない。
それこそ、孤児院と言われた養護施設でさえ、1970年代には子どもたちを高校に行かせようという動きが出ていたほどである。中卒で働きに出る少年少女たちを「金の卵」などともてはやす時代は、とっくに終焉を迎えている。
ところで、地方都市には、いつまでも出身高校が話題になる地域も少なからずある。中国地方に位置するものの関西圏との親和性が高い岡山県も、その例に漏れない。そんな中で、高校を無視して大学などに進もうという人物は、その地域の人たちにとって、「コミュニティーを破壊する人物」のような目で見られる可能性もある。現に、「高校を中退した」ということで、それまで普通に付き合っていた人たちに距離を置かれたという中退者の保護者も少なからずいたという。
だが、大学進学を第一義に考えている高学力層にとっては、実際のところ、高校など、どうでもいい「通過点」に過ぎない。青春だの仲間だの、まして「世間体」がどうとか、そんな「子供だまし」にも劣る内容で説得できるとでも思ったら、大きな間違いである。
「高校は全人教育の場」とか、そんな美辞麗句など、何の救いももたらさない。
ぶっちゃけ、「世間体」云々をことあるごとに言う「アホども」のいる街など、大学に行けば、遅くとも大学を卒業してしまえば、そこで金輪際「オサラバ」。
それでいいのだ。
そして彼らは、それも十分可能なのだ。
確かに、学校に不満があるなら変えていこうという意識とそれに基づいた行動は、尊いものである。その学校に今関わっている人たちや、その後入学してくる生徒たちの利益になることであるならば。
しかし、そんなことは、本来、彼らの仕事ではない。少なくとも、山口君のような状況の生徒がするべき行動でもない。
こういうところから入って自分たちの組織の勢力を「拡大」しようという勢力も、政治的立ち位置の右と左を問わずあるが、そのような「組織」に属する者たちと組んで何かをしようとしたところで、結局はその「組織」とやらに利用され、都合が悪くなったら、きれいごと並べられてハイさようなら。
どこの団体とは言わないが、私自身も、その手の政治的には「左寄り」とみられている組織と関わったことがあるから、よくわかる。
ちなみにこの山口君は、その後、京都大学に進学したそうである。
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