第3章 高校を「降りた」先 1 情報レス時代の悲喜劇

第28話 プロローグ ~ 大検から大学へ1

 本章では、かつて私が出会った「高校を降りた」人たちを紹介していく。

 

 大検などを通して大学などに進学し、新たな道を歩んでいった人も多数いるが、その一方で、せっかくの能力を生かしきれなかった人たちもいる。これらの事例はいずれも、インターネットの発達した今から見れば、情報レス時代故の悲喜劇がどこかに見え隠れしている。

 まずは、高校中退後大検を通して大学に進学していった典型的な人物を一人、ご紹介しよう。


 1990年2月のこと。

 高校時代不登校になり、大検合格後大学さらには大学院に進み、現在は臨床心理士として活躍している蘇我義男氏と、真鍋氏が主宰された「大検の集い」という集まりでお会いした。彼は当時17歳で、大検受験準備中だった。

 蘇我君は岡山市西北部の地元の公立高校に合格したものの、わずか1か月程度の間に高校生活に嫌気がさし、不登校になり、そのまま退学。両親ともしばらくもめていたが、やがて、大検を利用して大学を目指すことで意見も一致、両親もそれを理解したという。


 真鍋氏の「集い」で知り合った、これまた大検を利用して大学を目指すこととなった山口君とともにテレビの取材も受けた。山口君と蘇我君は、高校中退者や大検受験生のためのミニコミ誌を創刊した。それが、マスコミに取り上げられたのだ。

 取材の後、彼らは意見の相違から喧嘩になったようで、山口君は編集から降りたが、できることは協力するとのことに。

 蘇我君は、ミニコミ誌の編集を続けた。テレビに出たことで、彼の家には電話が殺到した。高校中退者やその両親などから、進路相談まで受ける羽目に。内容的に「重い」相談も多数寄せられた。

 中には、人生相談のようなものさえあり、当時大学生の私に、「ぼくのような17歳の若造にそんなことを相談されてもねえ・・・」とぼやいていたこともあった。

 彼が創刊したミニコミ紙はその後数年続いた。彼は関東のとある有名大学に進学し、その後大学院に進学、現在は臨床心理士をするかたわら、各種セミナー講師の仕事もしている。蘇我氏の今のブログには、当時彼が主宰していたミニコミ誌の名称をうかがわせる表題がつけられている。

 真鍋氏によれば、大学合格後しばらくして連絡をとったら、もう私とは関わらないでください、正直、高校時代といわれる時期は思い出したくもない、などと言っていたそうだが、今や、その経験をブログなどにつづって、臨床心理士の資格などを生かしつつ、不登校の生徒たちに対する支援も行っている。


 彼はもとより進学校といわれる高校にも十分合格できる学力はあり、現に合格もしている。確かに高校入学後、高校になじめず不登校になり、そのまま中退はしたが、それは何も、人とのつながりを築いていく能力がないからではない。その能力のない者が、ミニコミ誌など創刊できるわけもなかろう。

 彼にとって、「高校」という場所の存在意義が見いだせず、あえて別の道をたどる選択をしたにすぎない。蘇我氏のブログやSNSを拝見すると、この10代の経験は、現在の仕事にも大きく反映していることがうかがえる。

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