第22話 ある大検予備校 ~ 変化の時代に咲いたあだ花
Xセミナー(諸般の事情により仮称とします)という専門学校というか、公務員系統の試験対策を中心とした予備校がある。
ここは1990年代に入って、受験者の増えている大検のための予備校を設置した。それほど生徒が通っているようでもなかったが、各地に展開している校舎の一角で行うだけだから、それほどのリスクはない。しかも大検受験生の多くは昼間に通えるから、教室の有効活用にもなるというわけだ。
かくしてXセミナーは、全国にある各地の教室で大検受験部門を設立した。当時はまだ学習塾業界自体に勢いのあった時代。夕方から講師として塾に教えに行く人たちも、昼間であれば教えに来られる。あるいは、生活費を必要としている司法試験などの国家試験受験者でもいい。講師募集には、それほど困らなかったはずである。当時の大検予備校は、1つの授業に何人もが集うようなマスプロ授業をしていたわけではない。その授業に来ているのはせいぜい数人、という例も少なくなかった。それでも、大検から大学を目指す若者の居場所として存在しえた。
Xセミナーもまた、そうであった。
ある街で、真鍋氏と私、それにK市のZ先生とで、ある都市の駅前のビルの一室を借りて、「大検の集い」を実施した。大検を受検して大学などを目指そうという人たちとともに、その親御さんも何組か来られ、有意義な話になった。
そのこと自体は良かったのだが、この日の集会の途中、紺のスーツ姿の中肉中背で銀縁眼鏡をかけた中年男性が現れた。彼は私たちに名刺を渡した。
「Xセミナー K校校長 朝原 勝次」
と、その名刺には書かれていた。
何やら話したいとのことで朝原氏の話を聞いていると、わがK校には何人生徒がいてどうのこうの、と、自校の宣伝らしきことをひとしきり。この集いはどこで聞きつけたのかというと、新聞を見て知ったのだという。
まあそれは構わないのであるが、この集いは本来、大検を受検する本人やその親御さんのためのもの。業者の宣伝をしてもらうための「ブース」ではない。
Z先生がやんわりと諭してお引き取り願ったが、しばらくは後味の悪さを引きずった。
そのXセミナーの岡山校には、私が司法試験受験生関連で知っていた今西さんという男性も講師として出講していた。
別に伝手を得たわけではないが、ある時面接に行った。結局採用はされなかったが、彼らと話をしていると、こんなことを言っていた。
大検は、先生もご存知の通り、1年か2年、最悪3年もあれば十分合格できる試験です。通信制高校との併用とか、そういう甘えのようなルートを選択することは、当セミナーは勧めておりません。
私は、ああそうですか、と引き下がったが、同時に、ここはそう長く続かないだろう、と感じた。
結果は、予想通りであった。
このような姿勢の予備校が、その後の社会の変化に適応できたはずもない。
そもそもXセミナーには大学受験部門があるわけでもなく、また、高卒資格を得る生徒のためのシステムがあるわけでもなかった。通信制高校との併用など必要としない成績上位層は、そもそも大検予備校など必要ないから、Xセミナー自体に用事などない。
国公立大学や難関私大対策ならいざ知らず、大検程度は、過去問さえあれば自分で対策できる。
どうしても予備校がいるというなら、当時の予備校には、大都市部に限った話ではあったが、大検コースもあるにはあった。なおさら、Xセミナーを選ぶべき必然性はない。過去問形式の通信講座程度ならあってもいいが(これは実際、私の経験では大いに役立った。ただし、全部をやり遂げるほどの必要は感じなかったが)、わざわざ通ってまで学ぶほどのことでもない。
Xセミナーは、少なくとも大検に関する限り通信制講座など開いていなかった。
成績上位層は、どうやっても大学に行く道が見つけられるからいい。問題は、成績下位層である。元高校教諭の内山氏が真鍋氏との共著で述べられたように、
「学力の背景もなく、勉強も満足にしていないのに、高校を中退したからといって大検を受検というのは不遜である」
とまでは言わないが、そのままでは大検合格どころか、高卒資格さえ覚束ない。
そもそも大検は、大学への入学資格=受験資格を担保するためのものであり、高校卒業資格を担保するものではない。これでは成績上位層も下位層も救われない。
目先の大検だけで講座を開いたところで、彼らがその後Xセミナーの受講生で長く来てくれる保証もない。
これが大学受験予備校なら、また話は別だが、もともと公務員試験などの予備校だから、いざとなったら大検コースなどやめればいいぐらいに思っていたのだろうか。
Xセミナーは現在でも公務員試験や教員採用試験の予備校として存続しているが、ある時点で大検講座は閉鎖したようだ。先日そのXセミナーのHPを見たところ、高認対策や通信制高校との連携などの事業は行っていないようである。
当時の大検予備校の中には、第一高等学院(現在の第一学院)のように通信制高校としての機能も備えてきたところもある一方、このようにひそかに消えていったものも、少なからずあったわけである。
少なくとも大検の歴史を見る限り、このXセミナーの存在は、時代の変革期に咲いた「あだ花」のようなものであったと言っても、過言ではなかろう。
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