第3話 教育を取り巻く状況への意識の変化

 真鍋氏が様々な取組を始めた初期、1980年代半ばまでは、教育行政関係者にも、不登校や高校中退などの状況が全国的に起こっていることはもとより、本来知っておくべき制度さえ満足に知らず、理解できていない者も多かった。

 大検という制度を知らない教師など、いくらもいた。実態も受検資格もわからない教師もまた、吐いて捨てるほどいた。

 高校中退は、家庭の経済事情や本人の就労のための中退、そうでなければまあ、病気療養などという程度の認識しかなかった。

 今から思えば実に牧歌的な認識ではあるが、それが当時の現実であった。もっとも、当事者としては決して「牧歌」ではすまないのだが。


 不登校の対策など、とんでもない。無理やり学校に行かせようとしたり、それでもだめなら子どもたちを使って学校に来させようとしたりと、とにかく学校に来させればそれでよいと考えていた教師も少なからずいた。

 後に紹介する堂野博之氏の「あかね色の空を見たよ」には、そんな時代(人によっては「古き良き時代」かもしれないが、こういう経験をさせられた人にとっては、「心底虫唾が走る」言葉でしかなかろう)の岡山県のある地域のそのような学校や教師の姿が赤裸々に描かれている。


 問題があったのは、不登校の子どもたちだけではない。

 大学進学を目指す若者にとってもそうだ。この時代、大検という制度を知らない、知っていても生半可な知識もおぼつかないような者が、教育関係者らにも少なからずいた。一般人は推して知るべし。

 しかし、それまで存在していた制度を別の形で活用することで青少年たちを救え、という動きもまた、胎動しつつあった。

 後に述べる「中卒東大一直線」というドラマもまさに、その流れで出現したもののひとつである。このドラマはなぜか現在では再放送もほとんどされず、DVDにもなっていない。権利関係云々という問題もあるのかもしれないが、そんなこと以前の問題で、その後大検を取り巻く状況があまりに変わりすぎ、そのままでは今の子どもたちへの参考にならないという理由もあるのかもしれない。


 昭和天皇が崩御され、皇太子であった今上天皇(注:現上皇)が直ちに即位され、元号は「昭和」から「平成」へと改まった。

 それだけとれば別に何ともないことかもしれないが、この「元号」という制度は、意外と、その時代にこの日本という国で生きている人々の意識や動きに影響を与えるものなのかもしれない。

 昭和から平成へと変わったことで、昭和末期に帯同していた意識が大きく、社会のあちこちで噴出するようになった。その典型例が、この「大検」のさらなる認知、「不登校」や「高校中退」に関わる問題ではなかろうか。


 世間がバブルで浮かれていた1980年代後半、通信制高校はこれほどの脚光を浴びることなどなく、大検もようやく世間に知られ始めたばかりだった。当時は、今では信じられないほど「情報」もなく、まして、それを積極的に与えてくれる人物もおらず、組織も書籍もほとんどなかった。

 大検についても、日本加除出版という出版社が刊行していた「大学入学資格検定便覧」という書籍があった程度。確かに大検の前年度の過去問が掲載されてはいたのだが、この書籍には「~勤労青少年のための勉学の手引き~」という副題が掲げられていて、定時制・通信制高校のほか、国公立の二部(夜間主)大学や通信制大学の情報が紙面を割いていた。この書籍は平成2年ごろを境に出版が止まっている。それは大検のさらなる普及が影響していることに疑いの余地はなかろう。

 勤労青少年のための情報など、当時の大検受験者はもはや必要としなくなっていた。そんなものは必要ならしかるべき場所で得られる。それよりも、大検の過去数年間の過去問のほうがよほど必要だ。それもない昔ながらの時代錯誤感ありありの「便覧」が消えていくのは、必然だったと言えよう。

 大検を受検して大学に行こうという者は、ほぼ例外なく、情報の重要性がわかっていた。「便覧」は確かに彼らの期待に応えてくれた。だが、大検絡みの情報以外は、彼らにとってはもはや必要のないシロモノに過ぎなかった。


 今でこそ不登校は誰でも起こり得ることとして認識され、各地で様々な取り組みがなされている。高校を中退したところで、通信制高校などの学ぶ場所はいくらでもあるし、高認の合格要件は大きく緩和されている。高校受験や大学受験でさえも、私立高校・大学を中心に漢検こと漢字検定、数研こと数学検定、そして英検こと英語検定などの外部資格の一定級以上に合格している者は入試の点数に一定の加点をすることを公言している時代。

 大検以来、高等学校で一定数以上の単位を取得した者に対しては申請すれば科目受検の免除を与えていた高認も今や、英検準2級以上の合格者には英語の科目受験を免除するなどの規定を設けている。そればかりか、以前は夏に年1回だった受検機会を年2回にするなど、受験生のために最大限の便宜を図るようになっている。

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