読書日記

 意味のないことが嫌いだ。だから、要するにこの世界の全部が。

 僕みたいな引きこもりだって、全部上手くやれてるやつだって、人を傷つけながら生きてるやつだって、絶対いつか死ぬんだ。みんな等しく無になる。世界はそうなるように仕組まれている。

 死後の行き先は知らないけれど、知らなくていい。何もなくていいんだ。プツリと闇に溶けきってしまって、それで終わりがいい。

 今日も起きてからずっと怠い。きっと眠るまで怠いままなのだろう。そしてまた起きても、とか、もう考えただけで面倒だ。

 生きるのも死ぬのも、本質的には何も変わらない。何も変わらないんだ。

 七月の終わりごろ、これからますます生きづらさを増す太陽をカーテンの隙間から眺めながら、僕はそんなことばかり考えていた。

 八月頭のことだった。前述の通り、見事なほど腐っていた僕に、やけに話しかけてくるやつができた。大学の図書室でたまたま同じ本を借りていた一つ歳下の女の子だった。

 彼女はなんでも読書家らしく、話すようになってからすぐ、僕に何冊も自分の本を読ませたがった。その熱量はまともな人間のそれではなく、自称読書家にろくなやつはいない、という僕の持論は本当だったことを知った。

 もともと流されやすい性質だったのだろう。結局のところ僕は、仕方なく彼女から貸し付けられた本を読んで、簡単な感想と共に返すだけの日々を送っていた。

「私が貸した本のこと、忘れてほしくないです」

 それが彼女の口癖だった。

「ああ、できるだけ覚えておくよ」

 気づけば僕はそう返すようになっていて、彼女と出会ってから一ヶ月も経つころには、日常のルーティンの中に読書日記なるものまでできていた。

 読んだ本の概要と、簡単な書評紛いの文章を綴る毎日。他に考えることができたからなのか、いつの間にか僕は、死について考えなくても済むようになっていた。

 そんな、取るに足らない日々は、半年と十四日間続いた。


 そして今、僕は自分についての日記を書いている。彼女から本を貸し付けられることはもうないので、読む本がないときは、自分について考えるしかなくなってしまったのだ。

 僕はこのごろ、かつて彼女に借りた本を、自分で稼いだ金で買い集めている。忘れないことが彼女への手向けになるのなら、なんて、押し付けがましいことなのだろう。

 生きることは、大切な何かを忘れないでいようとすることだ。忘却に抗い、ひと握りの思い出を後生大事にすることだ。

 全部、君が教えてくれたことだ。

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