呪いの手紙

 不味い珈琲を淹れる君の横顔が好きだよ。そんなことを、僕は伝え忘れていたのかもしれない。

 僕と君の共通項といえば、毎朝温かい珈琲を飲むことと、あとは二人とも掃除が苦手だということくらいしかなかった。正直、君が選ぶ豆はいつも酸っぱかった。

 僕はもう珈琲を飲んでいない。それもそうだ。あれから、肘までもなかった服の袖が手首に届くくらいの時間が経っている。青いだけだった葉が焦げ付いて落ちるような季節の中にいるのだ。世界に比べれば、僕が珈琲を飲まなくなったことくらい、別にどうだっていいことなんだと思う。

 それでも僕は今日も、秋らしくない秋への憂いを手紙に書いている。くる日もくる日も届かない手紙ばかりを書いて、一通たりともポストに入れたことがない僕を、今の君は笑うだろうか。笑ってくれたらいいと思う。

 君を忘れないでいる。それだけなんだ。今でも君を傷つけたいつかのことを思い出して悔しくなったり、些細な言葉を交わしてみたくなったりする。悪戯な君の笑顔のうらに何があるのかを考える時間が、僕は本当に好きだったんだ。君は今も笑っているだろうか。最後に見た君の顔は、あまり思い出せない。なんてことない話をころころと笑って聞いてくれていた君の顔ばかり、都合のいい姿の君ばかりを思い出してしまうのは、僕がずるいやつだからだ。

 ずるいやつとして、重ねて無責任なことをいうと、君も僕と過ごした日々の欠片を、心のどこかで飼い続けていたらいいのに、とよく考える。そしていつかその欠片がどこかに突き刺さって、二人で煙草を吸った土曜日の早朝の冷たさとか、面倒くさがってフライパンから直接食べた簡素な焼きそばの味とか、そういうものをふと思い出してくれたら、なんでか救われるような気がする。

 僕は実のところ、君の幸せを願ってなんかいないのかもしれない。なんなら、僕の知らないところで幸せになる君を憎いとすら思う。僕よりもずっと器用に生きていくであろう君に、劣等感を抱いている。

 この想いは、呪いなのだと思う。

 いつか、雪が溶ける頃にでも解けてくれたらいい。

 その日まで、多分僕は手紙を書き続けるのだろう。


 僕は君に伝えないことで、これを恋と呼んでいたい。

 

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