第5話―研究テーマはモブの告白4―

「ふーん、必ず振られてしまうようなシチュエーションを体験しようと無謀な告白をしたわけね・・・」


乙女をインドア派の僕の足で追いかけるにはかなりの体力の消耗となり、足をすべってしまい階段の三段あたりで転んでしまうが、その結果は振り向かせ引き止めることに成功した。

心配されてしまったが怪我が無いことを知ると安堵して皮肉なしの完全な純粋の笑みを浮かべられたら釣られて僕も笑顔になる。

踊り場で掻い摘んで説明しようと口を開こうとしたが教室に向かう生徒もいるので屋上のベンチに場所を変えた。


「そういうわけだ。僕は空気や人の情というものがうとく知らない。だから、なんと言えばいいのか・・・適切ではないと思うか、ごめん」


「それじゃあ罰として今日はデ、デートの練習に付き合いなさいよ」


「それはどういう?」


白い肌には変化が著しく表れる。

それは頬を朱色に染まってしまうと分かる。しかし、それがどういう羞恥の方向性なのか分からない。


「ほら、ただ小説の研究とかされているわけで一方的に協力とかじゃなくて私にも協力してほしいの」


若干のしどろもどろ言動であったが道理であると僕は首を縦に振る。


「ふむ、なるほど片利共生へんりきょうせいのような関係性では不平等であるからなぁ。

理想的なのは相利共生そうりきょうせいというわけなら手を貸すのもやぶさかではない」


いつも協力して見返りを求められても応えるつもりであるのだが乙女はそんな権利がある要求を

してこなかった。だから意外だったし少しは頼られて嬉しいと思っている。


「えーと、それって私のデート練習に付き合ってくれることでいいのかな?」


「ああ」


片利共生とは共生(共に生きる)の一形態の事で片方が得をしてもう片方が利害もなく利用されている関係性のこと。例えば利用する麝香猫ジャコウネコと利用されるサイなど。

相利共生は、同所的どうしょてき(同じ場所)に共生することで利益を得る協力関係だ。

もし本物の才色兼備さいしょくけんびを備わっている乙女では無かったら理解をせず首を傾げていたのだろう。僕の後輩にこう説明をすればポカンとなるからなぁ。


「や、やった!それじゃあ考えておくから楽しみに待っていてよ」


「了解した」


ベンチから腰を上げてジャンプするほど喜ぶとは、それほど困っているのだろう。ちなみに位置的に座っている僕はジャンプした際にスカートの中を見てしまったが

昭和や平成初期から中期と違いパンツではなくスパッツを履いているのが主流だ。

放課後の本番に備える、いつかは知らぬが擬似的なデートことで乙女と昇降口から外に出ると体育館の裏に向かう樋口なんとやらの姿が見えた。


(遠くて表情までは見えなかったが重たい足取りからして望んでもいない告白の返事だろうか?)


無視すればいいものを律儀なことだ。

そして翌日の通学路で一緒に家から・・・から出た乙女と手を繋いで向かう。

これは僕の提案ではなく乙女の提案だった。昨夜から一緒に帰宅・・・・・してから突然の案であったがラブコメの研究にも

なることで断る理由はなかった。


「えへへ、周りからどう見られているのか気になるよね」


「若い男女が手を繋いでいれば恋人以外には見られないだろう。少なくとも」


場合によっては兄妹にも見られる可能性もあるが。少なくともテンションが違いすぎて。

晴々とした弾ける笑顔、天気はくもっていて雨が振りそうだ。

学校に到着して早々とイベントが発生していた。僕ではなく樋口なんとやら。昇降口で告白をしようする光景だ。

前とは差異があるとすれば人垣が無かったこと。見物人はごくわずかで大多数は横目を向けるだけでで教室に向かっていく。


「あっという間に注目度が無くなるのは人の慣れによるものか?」


「何ブツブツ言っているのよ修治。あれって、貴方が失敗目的で告白した相手だよね?

今日も告白されているんだ・・・」


「少し見ていていいか?研究の材料になるやもしれない」


「普通に参考になるとか言うセリフをそんなサイコパス研究者な発言をして・・・まぁいいけど」


乙女と告白する場面を静観者の数に加わると既視感が起きた。 告白したのは3人。美少女に告白するのに3人でする暗黙的なルールでもあるのかとツッコミたくなる。


「気持ちは嬉しいのだけど、ごめんなさい!まだ、誰にも付き合えないの・・・本当にごめんなさい」


誠意を込めて謝る樋口なんとやら。同時に振られた相手はショックを受けるが相手が樋口なんとやらだからか深い傷を受けた様子はなく仕方ないか雰囲気。


「いや、頭を上げてくださいよ樋口先輩!」


「こんな俺達に、そこまでしなくてもいいですよ。マジで本当に」


「そうそう、マジで」


おそらく三人は友人同士でワンチャンとか軽い気持ちで告白したのだろうか?

諦めるのが早く真剣に謝れて困惑してからそう見えた。3人は振られたばかりとは思えないほど明るく去る。

胸をなでおろす樋口なんとやら、人垣も完全に興味を失ってしまいどこかに行ってしまう。


「大変そうであったなぁ」


「あ、貴方は!そう見られてしまったんだねぇ。えーと」


「そういえば名乗っていなかったなぁ。僕の名は津島修治つしましゅうじだ」


僕の名前はある文豪と同姓同名の本名でつけられてしまっている。

そのため太宰治だざいおさむを詳しい人からは、それでからかわれる。主に金髪碧眼の幼馴染とスーパー文系野郎の後輩が。


「なんだか古風な名前でカッコいいね津島くん」


「そ、そうか」


普通に名前を褒められると照れてしまうものなんだな。新しい発見をした。右からひじを攻撃されてしまい横目で見ると非難な目を向けてくる幼馴染の乙女。

たぶん待たせられて不満なのだろう。


「コホン。それじゃあ改めて、おはよう津島くん。さぁ恥ずかしがらずにあいさつして!」


「おはよう樋口なんとやら」


「・・・え、えーと樋口なんとやら?って何かな津島くん」


あれだ笑顔のまま口の端が揺れ動いている。気になって仕方ない違和感に。その疑問である雰囲気を

僕は応えることにした。


「実は行き当たりばったりで名前を知らない。フルネームをどこかで聞いたのだが・・・下の名前を教えてくれぬか?」


「え?えぇぇーー!?ど、どうして名前がうろ覚えなのに告白しようとしたの?それなりに有名だと思うのだけど」


ショックを隠せずに口を両手で覆う樋口なんとやら。すまぬが

人という個体を興味を強く抱いた幸運の星の元には生まれていないのだよ僕は。そう口にすれば

複雑になるので思うだけに留める。


「あー、何ていうかごめん。

好奇心の塊でブレーキが壊れているのよ」


「そ、そうなのですか・・・あの貴方はヴァージニア・ウルフでは。美少女ランキングに輝いた一位の流れ星」


「え、えーと何ですかその参加した覚えがないランキングは?」


樋口からの説明によればSNSなどで学園一位は誰かなのかというランキングのようだ。これ島崎に聞いたから知っているんだよなぁ。

乙女はそんな事を知らずに顔を赤らめている。ちなみに毎日と票みたいなのがあって変動は激しいらしい。どうでもいい情報だったが。


「ふわあぁー。眠たい」


「自分で言うのもアレだけど一応はかわいいヴァージニアちゃんと私の近くにいるのに緊張の欠片かけらもないんだねぇ」


「あー、修治にそんなメンタルとか無いから気にしないでいいよ」


「そ、そう。遅れたけど私の名前は樋口市踊ひぐちいちようです」


なるほど、そんな名前か。忘れると思うが覚えておくとしよう。

乙女は既知だったようで大きな反応はなくお互い談笑をする。


「それじゃあねぇ津島くんヴァージニアちゃん」


学校のチャイムが鳴り響き、いつまでもここで談話は出来ない。明るく手を降る樋口市踊。


「うむ」


「樋口先輩!私の事は呼び捨てか乙女でお願いします」


「じゃあ、乙女ちゃん!またねぇ」


そう言うと今度こそ教室に駆け上がっていく樋口。僕達も駆け足で教室に向かう。ちなみにたどり着いた頃には僕は汗がびっしょりと息切れして乙女は涼しい顔をしていた。

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