第4話
「メールではちょっとできない話なんだけど、できるだけ早めに会って相談したくて」
そう訴えたのが効いたのか、三日後の夜に清川さんと会うことができた。その時には、私の右頬はどす黒い赤紫を帯びていて、それがどんな厚化粧をもってしても隠せないであろうことは、試すまでもなく明らかだった。その赤紫は、はっきりと人の手――具体的に言うと、広げられた三本の指――の形をとっていた。
交通量の多い信号を渡ろうという時に限って、赤信号なのに間違えて渡り始めてしまうことが、だんだんと増えてもいた。
エキナカのインドカレー屋さんで、バターチキンカレーをスプーンで掬いながら清川さんが口を開いた。
「何なの、話って。
「確か清川さん、島で巫女さんみたいなことしてる親戚がいるって言ってましたよね。心霊写真っぽいものをお祓いしてもらったとか」
「確かにそういうことはあったし、言ったかもしれないけど……よく覚えてるね」
あぁ私、こういうエピソードに関する記憶力はいいんですよ、と軽口を叩き、
「その巫女さんみたいな人に、できればお祓いしてもらいたいものがありまして」
と言いながら、ビニール袋と新聞紙で二重に包んで持ってきた、あのボロ人形をバッグから取り出した。
「中身はなんかよくわからない人形で、首の周りに私の髪が巻いてあるんですけど、見ます?」
「嫌」食い気味に断った清川さんは、「それが何で、
言っとくけど。私の親戚は確かに巫女さんみたいなことをしてるけど、それは島のためにやってるのであって手広く商売してるわけじゃないの。誰の頼みでも聞くわけじゃないんだからね。」
最後は少し怖い顔になって念を押すので、ホント無理言って申し訳ない、お金とか要るならちゃんと払いますから、と頭を下げて、事の次第を話した。
一週間鍵を掛けずに出歩いていたこと、明らかに何者かに荒らされた形跡があったのに警察を呼ばなかったことについては、案の定がっつり怒られた。それにしたって「知佳ちゃんって、昔っからそういうとこあるよね」と、ほとほと呆れ果てたような口調で言われたのはちょっと不本意だったけれど、お願いを聞いてもらうのはこちらなのだからと甘んじて受けた。
「……大体わかった。親戚に頼んでみる」
私の話を聞き終わると、溜め息混じりに清川さんは言った。「よくわからないインチキな祓い屋に大金払うよりはまぁ、その方が安全だろうし」
「ありがとうございます!」私はその場で頭を下げた。「いや、ホント助かります」
「いや、私に言われても」苦笑いした清川さんは、「この後の流れなんだけど、お祓いが済むまで、十日くらい見といて。まずはそれを島に送らなきゃならないから」告げた後、それ持って帰るのなんかやだなぁ、あくまでターゲットは知佳ちゃんっぽいから私には実害はないと思うんだけど、それでもなぁ、とかなんとかぶつぶつ呟いている清川さんに、そういえば、と思って尋ねてみた。
「その親戚の巫女さんみたいな人がいる島ってどこなんです?」
「そんなことも知らずに頼んだの? 何度も話したでしょ、私の母親は八丈島出身だって。親戚がいるのも八丈島だよ」
「いやなんとなく沖縄とかそっちかなと。で、ユタとかそんな感じの人を想像してました」
「違うから。私、南国系の顔じゃないでしょ。まぁ巫女さんというよりはユタに近いのは確かかな。ホント、知佳ちゃんは人に興味がないっていうか、なんというか。私も三歳まで八丈島に住んでたとか、みんな知ってるはずの話よ?」
また小言めいた話が始まったのでさらりと聞き流すことにして、しばらくやり過ごした後で改めて確認したところ、お礼については今日の食事代を奢るということで構わないことになった。
「さっきも言ったけど親戚の巫女さんは商売でやってるわけじゃないし、それにたとえば『五十万払え』とか言われてポンと出せる?無理でしょ?」とのことで、いやまぁ五十万なら出して出せなくもないな、いや出せるぎりぎりの額ではあるけど、などと思いつつ、それでも、実質千五百円かそこらで人形を片付けてもらえるというのは有り難い話なのも事実だった。
寺生まれのなんとかさんじゃないけど、呪い的なことをなんとかできる力がある人が身近なところにいて本当によかった、と、相変わらず嫌そうな表情を隠そうともしない清川さんにボロ人形を渡しながら、私はホッとしていた。
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