第3話

 問題のパウダービーズクッションは、悪戯されたと思うとなんとなく気持ち悪くて、あの一件の後は使わず、部屋の隅に押しやってあった。

 私はそれを掴み上げ、空のゴミ袋の中にすっぽりと入れてファスナーを一気に開けた。ファスナーの方を下に向けて開口部を更に両手で持って広げると、ざあざあと音を立ててパウダービーズがゴミ袋の中にぶち撒けられて行った。

 クッションの中に何かが仕込まれている可能性が浮上したなら、ただ燃えるゴミとして捨ててしまえばそれでよかったかもしれない。だけど、一体何がこの中に入っているのかこの目で確認したい、という、恐怖と好奇心がないまぜになった欲求に駆られ、また、仕込まれているものの種類によっては何か特別な処置が必要なのではないか、と、それこそありがちな怪談話を根拠に考えたから、私は中身をあらためることにしたのだった。


 パウダービーズの落ちる勢いが弱くなると、私は左手をクッションの中に突っ込んで、ビーズを掻き出すようにしながら中を探った。あぁ、やっぱりちょっと気持ち悪いな、せめて手袋嵌めるとかすればよかったかな、とぼんやり考えながら。

 やがてぽとり、と落ちてきたそれは、一言で表すならば、ボロ布でつくられたへたくそな人形だった。ここまでくれば毒を食わばなんとやらと肚を決めて、私はボロ人形を手に取って観察した。

 てるてる坊主を思わせるような頭から、それぞれがあらぬ方向を向いた手と、足の先まで、全長は十五センチというところだろうか。目鼻はマジックらしきもので適当に描き殴られ、首周りには長い髪がぐるりと巻き付けられている。 

 右手でサイドの髪を触り、蛍光灯に透かして、人形の首周りのそれと見比べる。その髪は、どうやら私のものに間違いないようだった。


 これが一体何の宗教の作法、何の儀式の様式に則ったものなのかは皆目見当も付かないけれど、確かに、クッションには、存在した。




 さてこいつをどうしたものか。そこらのお寺に持ち込んだところで、お祓いとかそういうことってしてもらえるんだろうか。どこに持ち込めば適切に処理してもらえるのかな。

 近所にいくつかあるお寺を順繰りに思い浮かべ、どこに持ち込むのが最善なのか考えていたところ、ふと思い出したことがあった。


 あれは大学生の頃。たまたま暇していた何人かの学科仲間と、幽霊というのは本当にいるものなのかとか、心霊写真というのは本当に撮れるものなのかとか、そんな話でひとしきり盛り上がったことがあった。 

 その場の誰一人として幽霊やら心霊写真やらを信じているわけでもない、ただただ暇つぶしのためにしているだけの話のはずだったし、概ねは軽い雰囲気に終始していたのだけど、その流れの中で、


 「なんかの祠か何かを撮った時だと思うけど、一度だけ、なんかそれっぽいものが撮れちゃった時があってね」


 と、たいしたことでもなさそうな調子で話し始めた人がいた。あれはそう、一年上の清川さんだった。 

 マジで? などとリアクションを取る男子連中に軽く頷いてみせた彼女は、


 「念のためお祓いしてもらった。母親の親戚に、島で巫女さんみたいなことしてる人がいるから、その人に頼んで」 


 そう言ったのだった。  


 他にどんな話が出たのかは覚えていないけれど、清川さんの話、特に「島で巫女さんみたいなことしてる親戚」という部分についてはだけは、今でも鮮明に覚えている。思い出したのは、このことだった。


 彼女の親戚の巫女さんという人に頼るというのはどうだろうか。少なくとも、心霊写真のお祓いをしたという実績はあるのだし。

 思い立った私は、「折り入って二人だけでお話したいことがあって」とメールを打ち始めた。

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