22:死卿〔デスロード〕2
―――――
ガンビア山地を北東に下り、アヌンダドゥー盆地を目指す。
ガンビアの北側は森林地帯になっている為、盆地に入るには
盆地に入る前には砂利採取場が広がっている為、迂回を余儀なくされるが、道らしい道のないこの地域では川の流れが目安になる。
迂回する
この辺りには、比較的大型なネコ科のジャガーやオセロットが棲息しており、本来旅には向いていない。
それだけに、ガンビアで身を隠すのは適切であり、アイナの選択が正しかった事への裏付けになる。
子爵領に入る手前、最後の野営。
最後とは云っても、それはあくまでも領内に入る迄の話。領内に入ったからと云って、宿に泊まれる保証はない。恐らく、野宿は続くだろう。
そんな中、マリアから幾つかの注意事項を告げられる。
それらは今迄聞いた事もなかった内容ばかりだったので、俺は声に出して反復し、必死に覚えた。
――世の中、知らない事が多過ぎる。
旅に出て、初めて貴族領に入る事になる。これ迄は王国内の土地を、街道や集落、
それは故郷のラゴンも含まれていたから、特段違和感はなかった。
貴族領の
領民は
マリアから注意を受けたのは
領教ってのは、その領地において認められた宗教の事らしく、程度の差こそあるものの、信仰へは制限がなされている
救世教ってのは、実は以前から知っている。所謂、
たった独りの神様が一体、どこ迄
どうやら、マリアの所属している結社と敎會は仲が悪いらしい。
そして今回、釘を刺されたのが、宿から出るな、だ。
正確には、拠点から出るな、と。
今回の任務は、今迄とは比べ物にならない程、危険、だと。
当然、今迄も俺からすれば全て危険に変わりないのだけど、その脅威の度合が違う、と。
その
今回、狩りの対象となる
鬼衆には種別があるんだと。
各々の特徴が違う事くらい、何匹か見たんで俺でも分かるけど、種別ってのは初めて聞いた。
ごく一般的な鬼衆は、一つの
他にも
問題はこの
鬼衆であり乍ら、鬼衆を超えた存在、と。名目上、鬼衆の上位種と位置付けられている。
でも、実際にはどのような存在なのか、よく分かっていない。
少なくとも、マリアは分からないらしい。
マリアは、死卿と闘った事が、
――正直、驚いた。
鬼衆退治の専門家であるマリアが、死卿に限っては知らないと云い放った。
推測、予想は立つが、その全ては憶測に過ぎない、と。
少なくとも俺は、マリアは何でも知っていると思ったし、実際、何でも知っていた。旅の事、鬼衆の事、
そんな物知りな彼女が、死卿を、死卿の事はよく分からない、と云った。
衝撃的、だった――
何より、分からない、と云う事実を俺に嘘偽りなく告げてみせた。
だから、今回は、今回だけは、絶対に
宿から、拠点から出ず、首を突っ込まない、って。
それくらい、想像出来っこないけど、
唯――
どうしても気になっている事がある。
それはこの貴族領での鬼衆退治とは全く関係のない話。
ガンビアでの出来事。
――そう、それは……
「ねえ、マリア――訊ねたい事があるんだ……」
「――なんだ? 聞きたい事があれば今の内だ」
ちらりとそれを覗く。
「左手の事なんだけど……」
「――ああ、」
握った左拳を胸元に迄引き上げ、
「隠し通せるものではない、か――」
手首を返し、五指を開く。
――あっ!
その
マリアの綺麗な手に、似付かわしくない不気味な腫瘍。何か、なにか悪い菌でも入って
ぐじゅる――
う、動いた!
その腫れぼったい
「よう、ガキ! こんばんはッ!
「うわぁぁぁぁあああっ!!!」
しゃ、
やっぱり、ガンビアでマリアを止めた時、左手にちらっと見えた
思えば、ブーブーゲエの沼地でも、これと同じ声が聞こえた気がする。
いたんだ!
コイツは、ずっと前から傍に、マリアの左手に
「マ、マリア! こ、これは――コイツは一体、なんなの!!?」
「――こいつは、ダミアン。わたしに取り
「虫?」
「――寄生虫…のようなものだ」
「おいッ、マリア! 寄生虫扱いとは
う、うわぁ……
凄く悠長に喋るぞ、こいつ。
マリアは、マリアは平気なのかな、こんなのが左手にいて。
――それにしても……
「……どうして教えてくれなかったの、その左手のこと」
「――こいつが暴走していなければ、教えるつもりはなかったし、今も答えてはいなかっただろう」
「え!?」
「こいつの正体は、――わたしにも分からない」
「ええっ!」
マリアにも分からないって。
それじゃあ……
丸きり、
「わたしにさえ分からんモノを、お前や他の者に伝える筈もない。不安を増長させるだけ。恐らく、鬼衆のなり損ないか、鬼衆のなれの果て、そんなところだろう」
「おい、マリア!
ば、化物……
「……じゃあ、お前はなんなんだ!」
「おっ! こりゃ、ガキィ!
「! ……や、やだっ」
「兎も角、儂は鬼衆共のような低位の存在じゃあない! 例えるなら神や悪魔、聖霊らと云った
「ええーっ!!? い、一体それは??」
「――……ど忘れした」
「? ……ど、ど忘れ?? えっ?」
「
「う、うそーっ!!!?」
「でぇーじょぶだぁ! 時折、思い出す事もあるッ、ごく
ひ、酷い!
こんな不気味で醜い訳の分からない腫れ物、
どうして、マリアはこんな気色の悪いものをその儘にしているんだろう?
俺だったら――
「マリア、どうして? どうして、そいつを……」
「――ああ、色々試した」
「た、試したって?」
「人面疽を
「えええーっ!? そこ迄しても駄目だったの!!」
「クカカッ! 当たり前じゃい! 儂とマリアは一心同体。儂だけ殺そうなんて、出来やしねぇーのさッ!」
「――一応、日光に当てるとこいつは眠る、という事は分かっている」
「別に暗い
呪い? 病気? 魔術? 副作用?
どうしてマリアに、こんな訳の分からないもんが取り憑いているんだ!?
「あのなぁ~、ガキ? お前さん、さっき、儂に
「……――ああ、うん」
「じゃあ、同じ質問を返してやろう。ガキッ、お前さんは何者だ?」
「えっ!?」
「お前さんは何故、存在しとるんじゃ? 何の為に生まれ、何の為に生きている? どうしてお前さんは人間なんだ? 何故、お前さんは鬼衆じゃないんだ? 何故、マリアに着いてくる? 何故、マリアに迷惑をかけるんじゃ!」
「!? ……――そ、それは……」
「答えられんだろ? あのなぁ、ガキィ。儂もマリアも、そして、お前さんも、本来の、根幹的な存在理由なんざ、知らねぇーし、分からねぇ~んだよ」
「あ……う、ううっ」
「知らねぇーし、分からねぇ~からこそ、己で存在意義を定め、求めんだよ。マリアは鬼衆を斃す為、儂は生きる為、それだけ。たったそれだけのシンプルな理由で、存在を証明できんだ。んで、お前さんはどうなんだ? 何故、存在し続ける?」
「――…………お、俺は……」
……俺は、いったい――
こいつの云う通りだ。
マリアも云っていた。アイナを斬った後、闘い続けるその理由を。それが
自分を、俺は俺自身が俺で在り続ける意味を、存在し続ける理由を、説明できない。
――
感じてはいた。
無力な自分を、何も出来ない自分を、マリアを助けたいと。
「……お、俺は、――マリアを……マリアを守る為、そして、マリアの名を呼び続ける為にいるんだ!!!」
「!? ――……ヨータ」
「クカカッ! お前さんがぁ? お前さんみたいな
「くっ……」
「なかなか、いい答えじゃねぇか、
「!」
「だったら小僧、強く、賢くなれよ? じゃねーと生き残れねぇーからなぁ? 生き残らにゃ、マリアを呼び続ける事なんざ出来やしねぇーからなぁ~、クカカッ」
こんな、
どうかしてる――
――俺は。
「――相変わらず、よく喋る化物だ。そろそろ黙れ」
「へーい。まぁ、小僧。なんでもいいが、マリアに迷惑だけはかけるなよ!」
「……うん」
不思議だ――
急に、旅の共が一人、いや、一匹増えたと云うのに、その奇妙な
存在意義、存在理由、存在証明――
考えもしなかった。
なぜ、
俺は、いるんだろう。
どうして?
――存在価値とは……
ディーサイド・ブラッドボーン ~ 神を殺すもの ~ 武論斗 @marianoel
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