21:死卿〔デスロード〕1
――――――― 8 ―――――――
ごく自然な風の流れは
天然の地下洞と水脈に手を加えたその
誰かに見せる訳ではないにも関わらず、そう
「君は、――何故、神が、神の奇蹟が見える者と見えない者がいるのか、説明できるかい?」
「……――
「――実に、
「――……」
「俺の見解を伝えよう。あくまでも人間に限っての話だ。動物的な感覚での話ではない。
「……」
額の汗を
「人には知性がある。故に、見るもの、見えたもの、見ようとしたものは、その目を通して捉えた像をして、そう判断する。重要なのは、判断。これが獣であれば、感覚器で受信した外的刺激に対してその
例えば、――影。獣であれば単に暗所と知覚するが、人であればそれは光を遮った結果齎された暗がり、と判断する。獣であれば単なる闇だが、人は影と認知する」
「――……」
「意嚮とは思惑。つまり、神とその奇蹟を信ずる者は、その威光に
「…………」
「錯視、という現象がある。生理的な現象であり、目の構造が、視覚が正常であるが故の錯覚。君らの礼拝堂の
「……何が云いたいのだ」
「そう
息苦しい、そう聖職者は感じている。
見当がつかない事への不安。
親子程年が離れている、少なくともそう見える小生意気な若造の言葉の趣旨が掴めない。
何を意図しているのか、何を
分からない事が得も言われぬ焦燥感を招く。
決して暑くもないのに汗が止まらない。直感的な怖れが、そうさせている。
「
「……――その儘。山羊の角を生やした豚の頭部を持つ獅子の体をした動物、そう伝えるだろう……」
「
「……な、なに?」
「仮に、その獣、――ヤギの角、ブタの頭、ライオンの体を持つ奇妙な獣が実は、サル、だとしたら、君はどう説明する?」
「――
「なぜ?」
「そんな姿をした猿など、見た事もない」
「――なるほど。では、その奇妙な獣が仮に、カミ、だとしたら?」
「!? ば、馬鹿げている! 神はそのようなお姿をしてはいない!!」
「なぜ?」
「なぜ、だと? ――そんなのは、……当たり前だ!」
「見た事があるのかい、君は? カミの姿を」
「! ――……」
額から滝のように流れ出た汗が目に入る。
視界がぼやける。
腹立たしい。
何が?
冒涜しているからだ、若造が、神を。目に沁みた汗への
「
「!?」
「今の奇妙な獣への解答、一見矛盾している
「……な、なにっ」
「奇妙な獣をサルではない、と否定したのは、そんなサルを見た事がないからだと云い放った。同じく、奇妙な獣をカミではない、と否定したのは、カミはそんな姿をしていないからだ、と。共通するのは、そんな筈はない、って処だ」
「――……」
「見た事がないにも関わらず、即座に否定できた君は、実に見事。賢いし、知性的。実に、実に人間らしい」
ねっとりと絡み付く風。
いつもであれば、爽やかで涼しげ。
――にも関わらず、今はまるで
過敏になっている、外気に対して。
発汗のせいか、
どちらにせよ、いつもとは違う、一種異様な雰囲気に飲まれる僧。
「奇妙な獣を、サルではない、カミではない、と。そんな筈はない、と即座に否定できた君は、
「――そ、それは仮定の話。当初の質問における大前提故、否定しなかっただけだ」
「おかしいな? 奇妙な獣がサルにしてもカミにしても、こちらも全て仮定の話なんだが?」
「それは言葉の
「いいや、違う――言葉、ではない。
「!?」
「本来、いる筈もない奇妙な獣の姿をイメージしてしまった。つまり、見てしまったのだよ、君は。君の心の中で。
そして同じく、見た事のないサルはサルではない、カミの姿はそうではない、と
「――……」
「これを“
実際の視覚情報ならざる知覚から記録・分析し、具象化してみせた。つまり、人は知性に因って
「――……一体、それが何を……」
「そう、――本題は
「……創作?」
「捏造された俗信・迷信の類、
「!? ――私達に詐欺の片棒を
「ブラボー、その通り! だって君ら、そう云うの、得意だろ?」
「! わ、私はっ、私達は……」
「ああ、大丈夫、……――そう、君達は“カミを創った”」
「――…………」
不自然な甘い香りは、金髪の若者がつけている香水からなのか、それとも息苦しい
唯、この極度の緊張感が齎す閉鎖空間において、若者の声色と表情に慣れて行く
ああ、――
有ろう事か、信心はこうも
――妄信は時に脆弱
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