14:腐乱屍臭3

―――――



 石造りの街並みは――

 ――芳醇ほうじゅんな死のかおりに包まれていた。




 ディナンダ――

 ヌーノイン湿地に入り、二日半程北西に歩んだ先にある大小の沼ギワンヌとブーブーゲエの両沼畔ぬまほとりに広がる街。

 東西南北各処からのや湿地帯でれた魚介類や植物等を送る為の市と宿場町。グロテスマート伯爵領とリビングストン子爵領が共同統治する飛び地。

 街の歴史は浅く、ナイアーラ商会協力のもと、伯爵と子爵が協力して進めた街道敷設ふせつ事業の一環で、元々は資材置場。伯爵領にある石切場いしきりばから石材を、子爵領の砂利じゃり採取場から砂利を、それぞれ運んで作られた。

 未開地の開拓を行った両貴族には王国より奴隷供給契約アシエントの権利が与えられた。

 街道の名は、両貴族の名からグロテストン街道と名付けられた。しかし、多くの人々はその名では呼ばず、奴隷街道ヴィアマンキピウム、と揶揄していた。

 それ程、この街道を通る交易品の多くは、奴隷達であった。


 そんなディナンダの街で小さな事件が起こった。

 とある奴隷商人が運んでいる無慙むざんにも食い殺されていたのが発見された。

 当初、沼郊狼コヨーテの仕業だと思われていた。沼コヨーテはヌーノイン湿地に多く生息する小型の狼で小動物を襲う肉食獣。だが、人を襲う事は滅多めったになく、余程の空腹や彼等の縄張テリトリおかしでもしなければ、被害に遭う事はない。

 その後、屢々しばしば起こる奴隷をターゲットにした猟奇殺人事件にしびれを切らした奴隷商組合ギルドは、街に対して対策を講じるよう強く要請した。

 ところが、街側に被害がない上、事面倒ことめんどうに繋がる恐れがあるとし、夜警やけいの巡回数を増やす程度に留めた。

 勿論、この程度で被害がなくなる訳もなく、ギルドは強行手段をる。

 猟奇殺人が夜間に起こっている事から推測し、鬼衆きすの仕業と断定し、ディーサイドに依頼した。

 更に念の為、もう一つの依頼先にも――



―――――



「――なに、この街……」


 比較的賑やかな宿場町って、マリアから聞いてた。

 でも、目の前に広がる光景は、まるで違う。

 家屋の窓や壁各処には板が打ち据えられ、補強されている。店は開いてはいるものの、店外に商品は出されてはおらず、槍や斧で武装した町民が複数人単位で彷徨うろついている。

 突貫とっかんで造られたであろう石壁で囲われた中でのみいちが開かれてはいるものの、客足はまばら。皆、段平だんびらや斧、棍棒等、凶器の類をぶら下げている。

 物々ものものしい、いや、物騒ぶっそう

 それに、街の至るところ血痕けっこんが残っている。

 明らかに様子がおかしい。


 横目でちらっとマリアを覗く。

 いつもと表情は変わらない。冷静クールまま

 石壁で囲まれた市に歩を進め、奥にある宿舎のような建物に向かう。その石造りの長屋ながやに掲げられた看板を確認しながら歩み、やがて立ち止まる。


「――ここ、だ」


 出入口にある石看板には、使役非人しえきひにん斡旋業あっせんぎょう組合ギルド、と刻まれている。

 聞いた事がある――

 奴隷商どれいしょうだ!

 故郷のラゴンのような村や田舎では見た事がないけど、大きな町では奴隷がいるって聞いた事がある。

 小さい時、両親や近所の大人達によく脅かされた。悪さをしてると奴隷商に売っちまうぞ、って。

 使役非人って間違いない、奴隷の事だ。


「マリア、ここ、あんま良くない処だよ。入っちゃダメだよ」

「――何を云っている? 依頼人はここにいる」

「え!」


 結社に鬼衆狩りを頼んだのって奴隷商だったんだ。

 街の代表とか町長とか、集落のお偉方えらがた以外からの依頼もあるなんて知らなかった。


 中に入って案内されると、そこに現れたのは装飾華美な装いの、見るからに成金と云った印象の禿頭とくとうの中年男性。でっぷりとした体をするようにして現れ、上等なデスクに着く。

 俺には目もくれず、マリアの全身をめ回すように凝視し、何を思ったのか下卑げびた笑みを浮かべる。


「ようこそ、遠い処をわざわざ。組合ディナンダ支部長のギュウギです、以後よろしく。それにしても、白眼びゃくがんの魔女とは、よく云ったもんですな~。失礼千万せんばんですぞ。白眼の美女、こそが相応ふさわしい通り名でしょうに」

「――それより、犠牲者は、喰われた被害者の数はどれくらいだ?」

「……7名ですな。全て非人あらずりではあるものの、ゆるされん行為ですぞ」

「――で、行方不明者の数は?」


 奴隷商の表情が引きる。


「……ゆ、行方不明――お、おお、そうでした、そうでした。私ら商人仲間が3名、非人が12名ですな……」

「――街のほうの犠牲者と行方不明者は?」

「……詳しい人数迄は分かりませんが、凡そ20名前後か、と……」

「――そうか、分かった」


 途轍とてつもない数!

 そんなおびただしい数の犠牲者が出ていたら、俺の故郷だったら村人全員で移住を考えなきゃいけない、それくらいの被害規模。

 これだけの被害が出ているにも関わらず、依頼主は街の代表ではなく、一組合の長ってのが、また、なんとも云えず怖ろしい。

 一体、どうなってるんだ、この街は?


「……それで報酬の件ですが、その~……――刈人かりゅうど達にも頼んでおりましてな――」

「先に鬼衆を倒した方に払う、――と?」

「……いや~、その~私らもほとほと手を焼いておりましてな。一刻も早く収拾しゅうしゅうをと、むに止まれず、彼等にも声を掛けまして……」

「別に構わない。わたしより先に刈人が倒せば、彼等に支払ってやるがいい。わたしは依頼があったので来た、そして、任務を遂行する、それだけ」

「おおっ、そうですか、そうですか! いや~、それで頼みます!」


 刈人?

 刈人って、なんだ?

 マリア達の結社以外にも、どこかに鬼衆狩りを頼んだって事だよね?

 そんな組織があるなんて聞いた事がないけど……

 それにしても――

 まるで、マリアと其奴そいつらに、どちらが早く鬼衆を倒すかを競わせるようなり方、気に食わない!

 なんて酷い連中なんだ。

 確かに、被害が凄くて切羽詰せっぱつまってるってのは分かるけど、それにしたって、報酬は別に用意すべきなんじゃないか!

 本当、ろくでもないな、奴隷商って。


「行くぞ、ヨータ」

「――うん」


 組合の宿舎から出る時、矢鱈やたらと目立つ恰好をした軽戦士風の若い男が睨み付けるような鋭い眼光をマリアに向ける。やはり、俺には目もくれず。

 妙な雰囲気。

 俺にさえ分かるんだから、当然、マリアだって気付いている。

 でも、マリアは無関心。

 うん、多分、それが一番いいのかも知れない。

 よく分からないけど――




 ディナンダの街を少しだけぶらつき、手近な宿に入る。

 基本、商売は、店はやっている。

 唯、緊張感が漂う、そんな印象。

 宿の扉は内側に複数枚の合板プライウッドを貼り重ねて補強がなされており、真新しい錠前が幾つも追加されている。錠前周辺には銅板も添えられており、警戒のあとが見られる。

 かなり、外からの侵入に対し、気を遣っている様子がうかがえる。


 宿屋の主人はマリアを見て、一瞬驚きはしたものの、そこは商売人、すぐに接客モードに入る。


「長旅、お疲れでしょう。お二人様で宜しいですか?」

「うむ」

「あなたがたがいらっしゃったって事は、この街への目的は分かります。ですが、部屋をお貸しする前にあらかじめお約束いただきたい事が御座います」

「――どんな約束だ?」

「実に簡単な事に御座います。訳あって、日の入りから日の出迄、宿の出入口を全て封鎖しております。ですので、夜間の外出が出来ません。それでも宜しければ是非、お泊まり下さい」

「――いいだろう」

「それから、お部屋の窓は閉じさせて戴いております。外と内から木材で封じておりますので、こちらもご了承下さい」

「うむ」


 意外――

 マリアは淡々あっさりと約束に応じた。

 夜間に活発に活動する鬼衆を狩りに来たのに、夜間外に出られないってのは痛手になる筈なんだけど、いいのかな?


 主人に案内され、二階の角部屋に入る。

 とてもいい部屋だ。十分な広さがあるし、清潔だ。

 もし、鬼衆が暴れ回っていなければ、きっと快適に過ごす事が出来たに違いない。もっとも、その鬼衆がいなければ、抑々そもそもこの街には立ち寄ってはいなかったのだろうけど。


 部屋の使い方や食事について一通りの説明が終わると、主人は戻っていった。

 荷物を置き、ベッドに腰掛け、疑問をぶつける。


「マリア、なんで夜間の外出が禁止されてるのに、この宿を取ったの?」

「――この街ではが宛にならん。故に、息吹鬼いぶきを“る”必要がある。それに――」

「それに?」

「騒ぎがどの程度かを知っておく必要もある」


 ――様子をうかがう、って事か。

 やっぱ、犠牲者の数の多さが引っ掛かるのかも、マリアも。


「もしかして、アレなのかな? 犠牲者が多いってのは、鬼衆が何人もいるって事なのかな?」

「いや、恐らく一匹だけ」

「! って事はもしかして、そいつが屍等かばねらを作り出した可能性があるって事?」

「ほぼ間違いなく、な」


 気になる――

 事前に聞いていたとは云え、なぜ、他の鬼衆と違って屍等を作ったのか?

 ――もう一つ……


「そういえば、刈人かりゅうどってのは何者なの?」

「――そうか、刈人リーパーも知らなかったか」

「リーパー? ……死神??」

「わたし達と、、そんなところだ」

「えっ!? 同業ってことは、鬼衆を退治するってこと?」

「そう。報酬を受け取る代わりに鬼衆を狩るもの――違いといえば、わたし達は半死半生はんしはんしょうの化物。奴等やつらは正真正銘、人間」

「……」


 ――凄い。

 人の身で鬼衆を狩るなんて、正直、凄い。

 でも、なぜ?

 鬼衆退治を頼むのは、半死半生の狂戦士と怖れられるディーサイドって相場が決まってる。

 どうして、人間だと分かっている刈人への依頼が検討されないんだろ? 実際、今迄聞いた事もなかった。


「でも、マリア? なんで、鬼衆退治を頼むのはディーサイドなんだろ? 俺、刈人に頼むってのは聞いた事がないし、知らなかったし」

「――わたし達は人々に怖れられている。だが、それ以上に奴等は悪名高あくみょうだかい」

「悪名?」

「奴等の鬼衆討伐達成率は低い。狩りにかかる期間も、集落の規模や対象となる鬼衆の強さにもるが、早くても数週間、数ヶ月以上かかる事もざら」

「ああ……」

「仮に報酬額がわたし達と同じであったとしても、滞在期間中の奴等の衣食住は依頼元が補償しなければならない。奴等はわば、鬼衆を専門にした賞金稼ぎ。故に、が悪ければ逃走もするし、困難な場合には報酬を釣り上げる。そして、何より、冤罪えんざいも少なくない」

「冤罪?」

「そう、鬼衆ではない人間が疑われ、監禁や拷問、ては殺人が起こりる」

「そ、そんな……」

「――わたし達と奴等の決定的な違いは、奴等は鬼衆を特定するすべがない」


 ――そうか!

 鬼衆を鬼衆として知覚できるディーサイドと違って、彼等かれら刈人は誰が鬼衆なのか分からないんだ。

 だから、討伐に迄時間もかかるし、鬼衆をあぶり出す為に、無理な捜索、がなされるんだ。それが、冤罪を生む、そう云う事か。

 ハッ!

 もしかして――


「この街の鬼衆が屍等を作り出したのって、まさか……」

「――そう、奴等が鬼衆を追い詰めようとした結果」


 ――な、なんて皮肉な!

 鬼衆を倒す為に雇われた刈人が、その被害を拡大させてしまう要因になるなんて。

 分かっているのだろうか、刈人達は。

 刈人――

 なんて、怖ろしい……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る